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レストアの心理学 2 ~ 完成像を夢見ない


武田邦彦教授は、目標を立てる時、夢を達成した状態にあるときの具体的なイメージを持たないと言っている。
それよりも、日々何をすべきかに集中するのだと言う。

これを聞いた時こんなことがあるのかなと思ったが、車のレストアをやっているとなるほどと思える。




レストアをやりながら、鉄則のような事をいくつか発見した。

①レストアベース車両はそのまま捨ててもいいぐらいの安価な値段で入手
②完成状態にするまでの費用も実に安価に実現できる計画に
③途中で断念しても損が出ないようにする
④外観・内装の再現からはじめ、機関は一番後でいい。
 外装と内装が整えば、機関はあとからついてくる。
⑤毎日1時間程度、生活に支障が無い範囲の短時間の作業を延々と続ける。




こうしたレストア作業において重要な心の持ち方がある。

・完成像を夢見ない
・今日はネジを1個外せたなどの過程を楽しむ 
・毎日少しづつでの進んでる感覚をつねに持つ
・一生、こうやって車と戯れているだけでも別に良いと思えるぐらいの境地に達する
・毎日作業を短時間に限定し、実生活に損を生じさせない事
 (空いた時間にちょっとイジってるだけなのに、気づいたらピカピカの夢の車が手に入ったという感覚を持てるように)




クルマのレストア作業は、素人が作業するのだからすぐに結果が出ない。
少しづつ、10年ぐらいかかることなどザラである。

10年はそれだけで一つの人生である。

最終結果である完成像ばかり夢見て心待ちにしていたら、10年間が苦行になり無になる。

そうではない、作業工程を楽しむのだ。

「ここはこうなっていたのか、なるほどこうしたら直せるな」
「今日はあのネジが外せてよかった」

など小さな喜びを日々積み重ねて、その一つ一つを楽しむ事。

それが出来なければたとえ1年間であっても結果の見えない作業など出来るものではない。

理不尽に因果は無い


以前、以下のような文章を書いた。

何の非も因果も無いのに突然巻き込まれるパターン
http://bessousaisei.blog.fc2.com/blog-entry-272.html

川崎の通り魔事件に思う事 ~ 地雷付き社会の到来
http://bessousaisei.blog.fc2.com/blog-entry-243.html




『どうして自分なのか?何の理由があるんだろう?』

 とくに日本社会はそうだが、こうした理不尽には、被害者にも原因があると無意識的に思っているところがある。被害者自身がそうやって長期間に渡って自分を責めさいなむこともある。いわゆる因果応報の考えだ。

 だが、因果応報などない。悪人でも安穏に長生きする奴はする。戦争など起これば、もっとも勇気と正義感がある人間が真っ先に死んで、無能な臆病者や裏切り者が最後まで生き延びる。

 理不尽に因果など無いのである。たとえば私の体験だが、ある初対面の人に以前親切にしたことはあったけど、その後、ウソや嫌がらせ含め長期間に渡る壮大な気持ちの悪いイヤガラセで返された。善意で対応しても理不尽が降りかかるのである。

 これが理不尽の恐ろしさなのだ。世の中にはイヤガラセでしか自己表現できないような不幸な人間がいっぱいいる。こちらは幸せに楽しく暮らしているだけなのに、相手から見たら幸せである事が「自分に喧嘩売ってる」と解釈されかねない。その結果、延々と嫌がらせが始まる。

 この事をうまく文章にした記事をライターが書いて下さった。

ホラーは「因果応報」よりも「理不尽」の方が怖い? “こわい話”を解剖する
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1908/15/news015.html

 理不尽の一番怖いところは、原因などまったくこちら側にはないのに、こちら側にも何らかの非があると、なんとなく周囲に思われてしまう事である。




 因果も無いのに人に理不尽を及ぼすなど最低のカスの所業。私がアホと呼んでる類の最低最悪のクズ人間がやること。
 だが世の中は不幸の沼地から自分の力で抜け出せないどうしようもないカスだらけ。
 彼らは生きながら、周囲に不幸をまきちらすだけの低級霊のような存在に堕ちてしまっている。

 こういうクズだらけの社会において、理不尽はそこかしこに転がっている。
 それらはある種の地雷である。

 どんな人間も一度は意図せずに地雷=理不尽を踏んでしまうのが人生である。

 たとえば前の記事書いた小野田寛郎氏は、戦争と言う巨大な理不尽のために、35年間もジャングルで過ごさなければならなくなった。理不尽な状況下でも小野田氏のようにたくましく生きなければならない。敵に媚びない。自己憐憫しない。

 そして、長い人生の中にはその理不尽に打ち勝つチャンスが必ず巡ってくると信じる事。理不尽に打ち勝つ日を喜ばしく迎えるために、今日一日を一生懸命働いて努力することが大事。

人生と言う名の阿弥陀クジ

最近の戦争記事は、ピカッと光って町が消えたというようなまるで天災が起こったような記事が多い。
悲惨さは伝わるが、誰がなぜその爆弾を落としたのか書かれていない。
ある種の宗主国に対する忖度記事であろう。

そんな中にあって、以下の記事・・・・

ジャップと呼ばれた悔しさと悲しさ 強制収容所で生まれ、広島で育ち、米国に生きる私の終戦74年
https://news.yahoo.co.jp/byline/minamiryuta/20190815-00138439/

なかなか良い文章を読ませて頂いた。




この男性は戦後米国の移住し学校に通うが、人種差別国家・米国の学校ではJAPと呼ばれてバカにされ、差別されなくなるためにベトナムを選んだ。

ベトナムでは最前線で、ベトコンを捕獲する役目に従事し、ベトナム戦争の中でももっとも惨たらしい現場を体験した。
帰国後、頭が狂って来て、50年後の今も精神系の薬を飲み続けているそうだ。

ベトナムからの帰還後、PTSDに悩まされる中、家族と離れニューヨークでの孤独な生活を選び不動産業に身を置くもすぐにクビになる。

だがなんとか精一杯に生きて、2年間雇われて働き不動産関係の資格を取得し、100ドルの暗い地下室の事務所を借りた。

その時、この男性は「一生、この暗い事務所で過ごすんだろうな」と思ったと言う。




だが、幸運は突如としてやってくる。1970-1980年代の日本経済の全盛期、米国における駐在員ブーム、不動産投資ブーム。

そこで日本人でありながら米国人でもあるメリットを存分に発揮して、彼はトランプとも何度もディールするような不動産界の大物にのし上がる。




宇多田ヒカルの歌に「人生と言う名の阿弥陀クジはどこへ続いているかわからない。だから、怠け者の私でも毎日働くの」という内容の歌がある。

1個の小さな人間に、経済の動向やビジネスチャンスの到来時期など予想できない。
だが、人生の中には何度も大きなチャンスが巡ってくる。(『チャンスが巡ってくる』ということだけは確かなのだ。)

その波に乗る準備をしておく事が重要なのだ。

そのために日々勉強し、一生懸命働き、向上心を持たなければならない。

ベトナムで「ヒロシマ・ナガサキの被爆者の体験」と同様の地獄を味わった後に、この男性はその準備をやったのである。

このようなへこたれない人を心から尊敬する。

負けない人 小野田寛郎氏 そして 立花孝志氏・・・


戦後、ルバング島で『発見』された小野田寛郎氏について以前よりいろんな書物を読み研究を行ってきた。

彼のように粘り強く、なおかつ負けず嫌いな日本人を自分は知らない。




その彼について、自分はかつてこんな文章を書いた。

小野田氏は「負けない人」。小野田さんを批判した日本人は「負けた人」。

小野田さんにとっての勝負とは、米軍に捕まらない、フィリピン軍に
捕まらない、島民に捕まらない。これは負けられないゲーム。
負けたらゴミのように扱われ、惨めな思いをする。
(実際、ソ連抑留、日本軍捕虜虐待・虐殺、戦犯裁判と日本兵には
 惨めな待遇が待っていた。)


「日本が戦争に負けたかどうか」は大きな問題ではない。
重要なのは、自分が負けないこと。たとえば土方歳三は、
「薩長が官軍になった」とわかっても蝦夷共和国を作って戦い抜いた。

だが、多くの日本人は、負ければ新秩序に従わなければと思う。
どんな理不尽な待遇でも甘んじて受け入れる。どんな非合理な事も
「平和のため」「心の平穏のため」と正当化する。
自分の弱さ、勇気の無さを自己憐憫して互いに慰めあう。

小野田さんはそんな日本人が大嫌い。だからブラジルへ行った。
多くの日本人が、自分たちと同じように自己憐憫しない、負けを認めない
小野田さんを批判した。多くの人が「あんな奴はブラジルで失敗する」とののしった。

だが、小野田さんはルバング島の局地戦で勝った時のように、
ブラジルでも粘り抜いて勝ちを手に入れた。
勝ちというものは時に道徳に反するし、時に冷酷さも必要だが、
勝たなければ奴隷になるしかない。

小野田さんは、勝つ事へのこだわりを誰よりも持ち続けた稀有な日本人である。





粘り強く、なおかつ負けず嫌い、この2つの特質により、彼は人生において何度も勝利を収めている。

①末期のフィリピン孤島で米軍に捕獲されず捕虜になる辱めを受ける事を拒否。
 (南米に逃亡したドイツ軍人のように、生涯敵と戦い続ける覚悟)

②島民殺害事件でフィリピン警察の囚人となる事を拒否
 (完全なる名誉が保証されるまで投降しなかった)

③帰国後に受けた批判攻撃を南米に"転戦"する事でやりすごし好機を待つ。
 (その間、資産家の婦人と結婚し、南米で牧場経営成功)

④小野田氏が長寿を楽しみブラジルで名士となっている間に、小野田氏を批判した人々(左派や旧軍の軍人たち)は次々に寿命で世を去っていた。その間に、日本の左派全盛期が終わり、右派の黄金時代がやってきた。世界でも日本でも同様に、小野田氏は名誉を得て、負ける事が無い幸福な人生を全うした。



 小野田氏の粘り強さと時間を味方につけた戦法は、中国共産党の長征を思わせるような遊撃戦(ゲリラ戦)の鏡のような戦い方である。




 立花孝志氏もある種の遊撃戦の名手であるが、裸一貫から周囲を巻き込んで、雪だるま式に勢力を作ってゆく手法は、おそらく今まで日本の政治史に見る事ができなかったものである。次々に来る挫折の中でもめげることがなく、転戦を繰り返して、気づけば大物政治家でも無視できない存在にのし上がっているところなど、まるで下克上の時代の戦国武将(斎藤道三のような)を思わせる。

 時間と時代を味方につけて動くところや、粘り強さは小野田寛郎氏に似ているが、予測不可能な事態やトラブルを逆に知名度UPに生かして、雪だるま式にフォロワー・勢力を作ってゆくところは、まるでヤクザ漫画の世界である。




 ストリートから叩き上げるヤクザは、身に降りかかるトラブルが全て自分の名声を高める伝説になり、それがしのぎに変わってゆく。そんな世界を見ているようである。そこは立花孝志氏の天性の博徒の素質なのだろう。彼のような人間が躍動する時代は、まさに時代の転換期なのだ。

 これからも立花孝志氏をウォッチして、人生のヒントを彼の生き方の中から探ってゆこう。

中古車買い取り店

ちょっと見栄張りな知人が1年ほど前にドイツのスポーツ仕様の車の中古を250万で買った。
たしか、7年落ちぐらいだったと思う。

親類から安く譲ってもらってその値段なので本当はもっとするのだろう。
(スポーツ仕様の人気車のようだ。)

故障して維持できなくなるのでは?と思っていたが・・・案の定、床に水たまりができるほどの雨漏り。そして、ステアリングコラムに不具合が出てアセンブリー交換で100万の見積もりが提示されたそうだ。見栄で乗る人が多いドイツ車も10年経たずにこんな有様になるのであればハリボテだなと驚いた。

でも本当に驚いたのは、雨漏りもステアリングコラムの不具合も隠して車買取店に持ってゆくと150万で即決で買い取られたという事だ。

おそらくその車はすでに探している人がいて、少々不具合が隠されていてもそんな事はおり込み済みで、すでに買い手がついて確実に利益になる車なのだろう。不具合も納車時に見つからなければそれでいいし、たとえ見つかっても根本修理せずに適当にごまかせば問題にはならないのだろう。

元々中古車は買わない派だが、この話を聞いて、中古車など一見綺麗に見えても絶対に手を出さないと誓った。




もっとも旧車の世界はまた別である。

昔、机を並べてSEとして働いていた人がいたが、元はスーパーカーブームの時にスーパーカーの整備をしていた人だった。

入庫したランボルギーニ・ミウラに女性の霊が出たという。そのミウラは、一度事故で人が死んでいる車だった。
おそらくそのミウラは、今は何億の値がついてどこかの誰かの豪邸のガレージに収まっているに違いない。

別の機会には、バックから追突され助手席の妊婦さんが流産したロータスエスプリ(ニューシェイプ)を、オーナーが保険会社に「人が一人中で亡くなった車なので廃車にしてくれ」と頼んだが、後にその個体(再生された車両)に乗っている人にオフ会で出会ったと言う。さすがに絶句したと言う。

スティーブン・キングの「クリスティーン」のような話は、旧車業界にはいくつもあるのだろう。

いわくを背負いながらも、その魅力ゆえに時代を生き延びてゆくヴィンテージカーもそれはそれでドラマがあって良いように思えたりする。