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夕暮れのそぞろ歩き


夏の暑さが少しおさまって、朝夕に涼しい風が吹き渡るようになってきた。

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夕暮れの散歩は、大型犬のバンビとクララを車に乗せて町へ出かけ、散歩スポットで療養中のクララを気遣って15分ほど散歩した後、クーラーの中でクララを休ませ、バンビと20分ほど闇につつまれてゆく夕暮れの町を散歩している。

廃れてゆく上郡町だが、川べりの町を歩くのはとても心が安らぐ。

暮れてゆく山の端、町家造りの建物が立ち並ぶ町人街の狭い通り。江戸期~明治大正の風情ある街並みが、蛍光灯の街灯にぼんやりと照らされ、ところどころに小さなお堂などがあり、そこだけが提灯の灯りで闇の中にオレンジに浮かび上がっている様は趣がある。

アーサー・マッケンの小説「夢の丘」の中で、小説家を夢見る青年ルシアンは、古代ローマの古跡が残る南ウェールズの故郷の町を歩き、暮れ行く町の家々の窓辺から灯りが漏れている光景を見て、孤独と郷愁を感じた。

幻想小説家や画家が愛したこの夕暮れの魔術的な時間・・・・
岡本綺堂や、竹久夢二などが愛した日本の小さな町の風情と幻想・・・・

シーズン・イン・ザ・サン


近状・・・

愛犬の療養のためにバタバタした日々が続いていたが、ふと一息つけるようにここ数日なった。突発的な出来事が起こると、何気ない日常がいかに幸福だったがわかるが、まあ不安があってもそういう時こそ小さな幸せに喜んだり笑ったりできるので、犬を大切に飼ってきて本当に良かったと思う。

犬たちは老犬の領域に入っているので、これからはなにがしか問題があり、その時々で介護してやらなければならない日常になるだろう。だからといって絶望せず、その日彼らが楽に過ごせればそれでよい。遠い将来を見なくてもいい。その時々で嘆いたり泣いたり喜んだりするだろうが、その瞬間瞬間を日常と思って、苦しい事ばかりせずそれなりに楽しんで大切に生きてゆきたい。

今の環境をベストに生きる 梶原一騎「地獄からの生還」

犬ばかりではなく、人間もそうである。私も妻も親も昔よりも10年老いている。これからは、自分や家族の身体になにがしかの不具合があることが日常となってゆくだろう。自分が出来る範囲で、これまでよりも時間をもっと割いて大切な妻や親の事を助けなければならない。その逆もあるだろう。身体が老いてゆくからといって、お先真っ暗になるのではなく、もっと短いスパンで将来を考えて、今日・明日元気ならそれでよいと、日常生活のちょっとしたことに喜びを見出す生活をしてゆけば良いのだ。

「僕らは喜び、楽しんだ、太陽の季節を・・・・だけど夏の峠は越してしまった」
「今、秋の気配が空気に漂う」  ~ テリー・ジャックス『シーズン・イン・ザ・サン』




秋には秋の喜びがある。ほどほどに楽しめればいい。全てを望まない事だ。




ヤクザ漫画

毎日、ヤクザ漫画を読むのが楽しい。
「代紋TAKE2」全62巻、最高に楽しめた。
現在は「白竜」と「ドンケツ」を読んでいるが、これも負けずに面白い。






スラム化

玄関を一歩出るとスラム化別荘地の雰囲気の悪さはあいかわらだ。耳栓をして外部の情報がなるだけ入らないようにして暮らす事で悪影響を最小限に出来る。そう思って、3Mの強力な耳栓をポチった。

しかし、耳栓が必要な別荘地というのもなかなか笑える(汗) 壁厚があって遮音性の高い建物に住んでいて本当に良かった。家が私たちを守ってくれている。 in 播磨自然高原

過去に「もしも」が起きる事はない

昨年は、愛犬のクララが弟のバンビに体当たりして、後ろ足の靭帯が伸びてとても深刻な状況になった。
毎年、7月8月はなにかが起こって心配させられる。

妻は、外的な世界も自分たちも常に変化しており、一定なものなど何もないという前提で生きているので、起こった事をつねに受け止めて冷静に対策を練るが、わたしは真っ先に過去をほじくりまわしてクヨクヨ考える。

あの時にああした方が良かった、こうした方が良かったと。そうやって自分を追い詰めるのが得意だ。

こうした日々の中で、暇を見つけては「自殺島」というタイトルの漫画を読むことをささやかな楽しみにした。漫画は、食事中に読むことが多いが、瞬間的にその世界に入り込めるので最近は一番の自分の楽しみ(趣味)にしている。

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出展:森恒二「自殺島」1の表紙より引用

ネガティブなタイトルとは真逆で、自分を見失った若者たちが、大自然の中のサバイバルや集団での自給自足生活の中で、「単に生きている事の喜び」を見出して行くという感動的なドラマだ。かといって、そのストーリー展開は、教条主義的な退屈なものではなく、様々なクレイジーなキャラクターや奇怪な出来事を通じて主人公たちは生きることの意味を見出してゆくのだ。

いろいろと心に残る場面があったが、突き刺さった言葉の一つがこれ。

「過去に"もしも"が起きる事はない。」
「"もしも"が起きるのは----・・・未来だけなのだ」

読後に、仕事などで高望みして自分を追い詰めるのをやめて、もっと地に足をつけて生きたいと思った。もう44歳になって、物質的にも経験的にも満たされてこれ以上望むことはない。今のままでいい。妻や犬たち、あるいは実家の母の何気ない日常生活を守るために出来る限りのことをする事が自分の幸せなのだという気持ちに至りついた。


幸せな時間の記憶

今は他人の手に渡ってしまった実家の記憶・・・。
玄関から庭への垣根脇の細い通路は夏でもひんやりしていて、犬と子供だった自分はよくそこで時間を潰した。穴を掘るとその中がヒンヤリしているので、その当時の飼い犬だったシェルティーのトコが、私がスコップで堀った穴に鼻を突っ込む。その通路は、2代目の飼い犬のイングリッシュゴールデンのルークが夏を過ごす場所にもなった。共働きの両親はせわしなく働き、笑ったり怒ったり喧嘩したりしていたけれど、私に幸せな記憶を作る時間と場所を与えてくれた。

私が大人になって購入した山荘。バンビとクララという2匹の犬のために私たち夫婦はそこに住んだ。北海道から狭いクレートに入れて里子として送り出されたクララは、私の山荘に来た日、やせ細り疲れていた。凶暴で行く先々で犬や人を噛んできた彼女だが、その外面とは裏腹に、飼い主に対して無償の愛を捧げる内面を持つ心優しい犬だった。他の飼い主にもらわれる予定だったクララと数時間過ごして、どうしても私たちが飼ってあげないといけない犬だと思った。私と妻以外のあらゆるものに警戒心を抱く彼女は、この静かな山奥の山荘でしか飼えない犬だった。

そんなクララも、山の中の静かな生活に慣れて、家に安らぎを感じ、そこで静かな時間を過ごす事を楽しむようになっていった。とても美人で身体ががっしりして頑強な犬で、いつのころから私の事を愛情の眼差しで見つめて、頬っぺたを舐めてくれるようになっていった。

毎日散歩した。夏も冬も雨の日も。平日も休日も彼らと何時間も散歩した。
私は若く、犬たちも若かった。運動靴はすぐに擦り切れ2か月ごとに買い替えが必要だった。
私自身はその間、人生な様々な物事に翻弄され、そのたびごとに浮かれ喜び怒り悲しんだが、犬たちを100%満足させるためにたっぷり散歩する事だけは欠かさなかった。突発性の疾患で激痛の時や、めまいで世界がぐるぐる回っている時でも犬たちの散歩に行ったっけ。犬たちはクタクタになるまで散歩すると、その夜はグッスリと眠り、次の日も朝散歩とご飯の後は、夕方の散歩の時が来るまで幸せな夢を見るのだ。

今もそのサイクルは変わらないけれど、運動靴が擦り切れる事はめったになくなった。ふとした時に犬たちの老いを感じ、あの輝かしい日々がいかに幸せだったかを思い出す。

当時は、仕事や日常生活の色んな事でてんやわんやで、犬たちの引っ張る力も暴力的に強く、毎日が必死な日々。それを幸せだなんて感じなかったけど、犬たちが若くエネルギーに溢れていた頃の記憶を思い出すと、あの時代が私も犬たちも青春だったんだ、と思う。無いものねだりの私は、幸せな日々を「幸せだ」と素直に受け入れる事がその時は出来なかったのだ。

妻などはずいぶん前から毎年毎年を「今年が2匹で散歩できる最後の年になるかもしれない」と思って生活しているのだと言う。




5年後、10年後には間違いなく、バンビとクララと過ごした日々は、人生最良の日々だったと思い返すであろう。彼や彼女の人生は、すでに過ごしてきた十数年よりははるかに短い期間しか残されていない。そのことを想うと、寂しさに胸が張り裂けそうになる。

今後、私が年老いてどんな人生の辛い局面が来た時にも、バンビとクララの笑顔を思い出すだろう。木漏れ日と、自然の音に溢れていたあの山道を来る日も来る日も歩いた日々の記憶。私が、あまりかまってあげられない時でも、2匹で励まし合って生きた姉と弟の友情の記憶。

彼らとの残された時間を毎日毎時間、大切に生きよう。

外構計画 ~ 構想編

外構の着手前の構想段階の事を少し書いてみたいと思う。

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※アイアンゲート設置直後の写真




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整地が終わったところ。

「どうせ外構をやるんだったら、他ではちょっと見ないものにしよう」と妻が言った。
私の条件と言えば、大きな木をなるだけ伐らない事ぐらいだった。(カーポートのためにやむなく一本だけ中サイズの木を伐ったが)

いずれにせよ、家が大口径ティンバーの重厚な家だったので、ありきたりな外構では釣りわないし、既製品を使えば「本物感」がなくなるので、なるだけ「本物感」が出るような素材を使おうと決めた。



外構の全体イメージ

妻も私も、神戸の異人館のようなドッシリした風情のある洋館が好きだ。

妻の場合は、ドイツ的な感じの家。映画で言うと、「ゴッドファーザー」の家みたいな外構がいいと言った。映画「ゴッドファーザー」の家は、暗めの色合いのチューダー様式の建築に黒々した石造りの塀が織りなす重厚なイメージの家だ。

私はと言うと、ヴィスコンティの映画「ルートヴィヒ 神々の黄昏」に出てきそうな、南ドイツとイタリア文化の融合した、質実剛健でありながら華(官能美)もあるような外構を求めた。





業者選定

 「限られた予算で、どこまで理想を追求できるか」という基準で、ネットで全国展開しているローコスト外構屋さんをはじめ、備前の中堅の外構屋さんなどいくつかの業者にデザインをしていただいた。残念ながらどれも、既製品を活用したありきたりなもので満足行く外構には程遠かった。

 そこで、まず素材から考える事にした。幸いレンガの本場三石が隣町だったので、妻がレンガ屋さんにちょくちょく遊びに行って情報を仕入れた。

 レンガと言っても、国内の溶鉱炉などから出たアンティーク耐火煉瓦から、中国産の安いレンガまでピンキリであることがわかった。中国産は使わずに国産レンガでというのが私たちの希望だった。

 そうこうしていると、三石のあるレンガ業者さんと知り合った。後でわかったが、若旦那さんは古くからの別荘地の土地会員でもあった。自宅の裏の滝を登れば別荘地だそうだ。

 この業者さんに岡山でセンスの良い店舗内装や外構工事を行っている業者さんを紹介してもらった。その業者さんの施工例を見せていただいたが、レンガ敷きのパターンが、まるでモネの絵画の木漏れ日の描写のような繊細な美しさがあった。そのレンガ敷きを見たときにここしかないと思った。

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※いくつかの種類のレンガをシャッフルして、その合間に墨を入れたモルタルを入れる事で和らかな色合いに。

 その業者さんの社長さんは、とてもセンスのあるオシャレな紳士で、岡山のオシャレな若者向けのに上質な雑貨や小物を売る拠点をいくつか持っておられる方だった。

 そのイタリアの古民家を模したようなデザインスタジオを訪れると、ヴィスコンティの映画の一シーンを模写したリトグラフが壁に飾ってあり、「望みの外構を作ってくれるのはこの業者さんしかない」と確信した。




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 またその業者さんを通じて、岡山には「アイアンの魔術師」という異名を持つクラフトマンがいる事を知った。