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ホーンブロワーシリーズと「残穢」について思うこと

帆船時代の海軍士官の一代記「ホーンブロワー」シリーズを相変わらず楽しんでいる。

主人公の行動に実に刺激される。

ホーンブロワーは、絶体絶命の窮地に立った時、まず(周囲にさとられずに)悲嘆にくれて、自分の悲惨な境遇を嘆き悲しむが、半日もすると、その暗い境遇の中に一点の脱出口を見出してそれを見つけたとたん、全神経をそれに集中して活路を開くために全力をつくしてゆく。

英国民を魅了したホーンブロワーの物語の魅力は、このホーンブロワーの行動力である。

一方で思うのが、「残穢」の中で、奥山家に端を発した穢れ(派生してゆく呪いの一形態)から逃れられなかった人々の暗さである。

床下から響く声から逃れられずに人生を狂わされた数々の人々。
自分ではなく、自分以外のものに振り回されて人生を浪費し、最後は破滅していった人々。

ホーンブロワーならどうしただろうと思う。おそらく半日で解決しただろう。
いや、そもそも床下から響く声など気にもとめずに、朝起きて仕事に向かい、夜ベッドに崩れ落ちるまで人生を全力で戦い続けているだろう。

穢れによって破滅してゆく人間は、外的な要因に左右される弱さを持っている。

ホーンブロワーにますます魅了されると同時に、「残穢」にも魅了されている。
成功する人間と、破滅する人間、良い例と悪い例。それがこの2作品に明確に示されている。

「残穢」という作品は、あらためて深い作品だと思う。
作品の中に「穢れ(人生を破滅させるもの)に取り殺されないように、何をすべきなのか、何をしてはいけないのか」というヒントがある。

穢れは知らず知らずのうちに自分の日常生活の中にあるものなのだ。
最初は小さい習慣にすぎないものが、年月が経つうちに自分を破滅させてゆくようなもの。
それによって、人生の終わりで地獄と対面するか、天国と対面するか、が左右される。

ごみ屋敷で発見されるような老人は人生の終わりで地獄を見たのだ。
穢れに取り殺される人間は総じて、心に木枯らしが吹くような寂しい生活を送っている。

そこには情熱や愛情が欠如しているように思う。
そして知性にも欠けているので、自分の状況を客観的に見ることが出来ず、ズルズルと地獄に引きずり込まれてゆく。
どんな賢い人間も一瞬でバカになれるというユダヤの諺があるが、バカにならないためには良い習慣(簡単な例で言うと掃除)によって自分を律し続けなければならない。

悪い習慣は、それに気づいた瞬間にきっぱりと絶つことだ。

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