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映画「残穢」で あらためてお掃除の大切さを実感

ド田舎すぎてTVが映らないので、WOWOWに入って時々映画を見ている。

映画「残穢」だが、ひさびさの傑作だ。

「呪怨」や「リング」といったジャパニーズホラーの独特の世界をより冷静な目で謎解きした作品とも言え、新しい分野の推理小説と言っても良いかもしれない。

ホラーは時として、ある民族や国家の底流に流れる深層心理を抉り出す。
たとえば古代日本において遷都がなぜ行われたのか?その理由は「穢れ」である。

小説あるいは映画版「残穢」の中でいくつかの恐ろしい表現の言葉が登場する。
『欄間から仏間を覗くと地獄が見える』この言葉がなんとも言えず恐ろしかった。

その地獄とは、たんに家庭内あるいは個人の人生に生じた地獄から、災害や事故、戦争などが生み出す地獄まで様々である。
「穢れ」が忌み嫌われる究極的な理由は、「穢れ」が過去に地上において生じた地獄と繋がっているからではないだろうか?
日本人は「穢れ」を通じて、地獄をかいま見る能力が秀でているのである。

大坂の陣の後の大阪城は、江戸時代250年間、(何度火事で焼失して建て替えられても)化け物屋敷であり続けたという。
大坂の陣の後、あるいは第二次大戦後、日本人があれほど平和を希求したのも、「穢れ」の意識と無縁ではないはずだ。

日常生活的な感覚でいうと、「穢れ」とは、過去の因縁と鎖で繋がれている状態であるように思う。
日常的な例でその「過去の因縁と鎖で繋がれている状態」を説明すると、それはモノ(ゴミ)を捨てられない状態であると言える。
あるいは、住む場所に執着することも「過去の因縁と鎖で繋がれている状態」であることが言えるだろう。

うちの両親は、都会の駅前の賃貸マンションで悠々自適な老後生活を送っているが、それまで長い間住んでいた戸建てと違い実に快適だという。単に新しくて清潔というだけではなく、それまでのご近所付き合いなどから全て解放されて、(自分の所有物でないので)家の修理の心配も庭木の心配もせずに暮らせるのが何よりも自由で気持ちがいいのだろう。

私はまだ当分は今の家に住むだろうし、引っ越ししてもおそらくこの家は手放さないのではないかと思う。
そういう意味では、住み慣れた家を手放さなくてもいい安心感と同時に、土地の因縁を背負って生きることになるわけである。

これからもいろいろ問題が起こるであろうこの土地に住み続けるにあたって、少なくとも気持ちだけは過去の因縁を祓って楽しく明るく暮らすにはどうすればいいか?

それにはまず掃除(&モノを処分すること)だなといつも思っている。
今年前半だけでもかなりたくさんのモノを処分できた。

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