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伊高浩昭氏 チェ・ゲバラの人生を語る

YOUTUBEで伊高浩昭氏がチェ・ゲバラの人生を語っている講演の動画を見た。

伊高浩昭氏はカストロに何度も会っている人物で、ゲバラに対しての思い入れもすごいのだが、一方でわたしはこの講演動画を見て、ベルトリッチの映画「暗殺のオペラ」を思い起こさずにはいられなかった。

それは、英雄として永遠に名を残すために自らの悲劇的な死を演出する革命家の話である。

キューバ革命の場合、ゲバラの死の演出を行ったのはゲバラ自身というよりはカストロである。




明治維新の長州における奇兵隊
ナチスにおける突撃隊隊長エルンスト・レーム

意外な事にキューバ革命におけるゲバラは上記のような極に走ったがゆえに粛清される風雲児の位置づけである。
世間一般のイメージと違い、チェ・ゲバラは平和時代(社会の構築)に適応できなった戦争主義者なのだ。
戦争継続を通して理想を追求しようとするゲバラをキューバ国内に留まらせれば、必ずや不安定要因になる。

ゲバラがコンゴ内乱にソ連(キューバ)側の軍事顧問として参加した時点で、ゲバラとコンゴ内乱の白人傭兵(冒険的な戦争屋)の違いがわからなくなる。

金のためか、理念のためかの違いなのだろうが、唯物的に見れば同じである。

良い核兵器と悪い核兵器が無いのと同じで、良い戦闘と悪い戦闘は無い。

それらは単に『凶器』である。

戦争とは、物理的に勝利するための冷徹な手段であり、ゲバラはキューバ革命を通じて戦争でしか生きられない男=人間凶器となった。




カストロは、戦争屋となったゲバラをボリビアのジャングルへと冷酷に追い詰めてゆく。
※ボリビアはキューバに比べれば先進国であり、より良い社会を実現するために戦争・内乱を選択したがる人々などほとんどいなかった。

ボリビアのジャングルでゲバラは、実態は山賊とたいして変わらないドン・キホーテのような革命ゴッコに終始する。

カストロは、ゲバラの死と同時に、彼を革命の英雄としてプロパガンダ化する。
彫像が建てられ、ポスターが貼られたくさんの歌が作られる。

「多数のために自らを犠牲にした英雄」




純粋な革命家像を語ろうとした伊高浩昭氏の意図に反して、この講演から私が読み取るのはしょせんキューバ革命もある種の王朝の交代にすぎないという事だ。

新しい王朝は、前の王朝よりもマシな社会を実現して民衆を納得させる。それだけでは支配として不十分なため様々なプロパガンダで洗脳する。新しく作られた王朝には創世神話のようなものが必要となり、その役目を命賭けで果たしたのがゲバラなのだ。

昨今、キューバではゲバラ人気は薄れ、個人主義や私有財産の追求がはびこりはじめているという。
それは裏をかえせば、少数エリートの描いた絵(プロパガンダ)に愚民化された民衆が踊らされなくなったと言う事だろう。
ゲバラの幻想によって、江戸時代のような封建主義社会に閉じ込められていた民衆が、やっと人間として自由に生きられる時代を迎えようとしている。

むかしからゲバラや毛沢東等のプロパガンダの登場人物となった革命家には胡散臭いものを感じていたが、キューバ国民が一番そう思っているかもしれない。

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