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「幸運」という魚がかかる網を張る

三国志の諸葛孔明の話などを見ると、孔明がいかに『~が起こる確率』というものに精通していたかわかる。

確立論こそが、神の御業を分析する手段に他ならない。



幸運がかかるように、毎日一つの網を追加する。

「運」にめぐりあう事は、確率論で説明できる事象である。

うまく幸運という魚がかかるようにいろんな網を張っておく、その一つ一つが、1か月に一回とか数日に一回とかそういう確率で魚がかかるものにしておく。そういう網を毎日一つ考えて張っておく、網を数限りなく張る事を日課にする。すれば、おのずとラッキーが舞い込む。毎日いくつも幸運が舞い込む。

たとえば、1か月に一回、「幸運」という魚かかる網を一か月=30回張り続けると、毎日一匹は魚がかかるようになる。1回しか使えない網もいくつも出てくるだろうが、一つの網で何十匹も魚を捕らえる網も出てくる。

自分の内面世界が幸運で満たされれば、高い確率で『不快』という魚が毎日一匹網にかかる場所に住んでいたとしても、不快という魚は、一日獲れた魚のうちの1/10や1/20にすぎない。

幸運という魚がうまくかかる網を、毎日張り続けよう。過去3ヵ月ほど毎日網を張ってきたが、漁果は予想以上である。

この1か月を検証


5月後半~6月は引き続き、良いサイクルが回っている1か月だった。
3、4、5、6月と新しい試みに注力しているが、毎月前月よりも良い成果が生まれている。
毎日が刺激的で楽しい。




とりわけ5月後半~6月26日(現在)において取り入れて成果を上げた事。

1.アホを相手にしない(バカな人に感情エネルギーを吸い取られない)。
  ※アホを相手にしないという習慣が徐々に身に付きつつある。
    これが完全に身に付けば今後の人生にかなりプラスになる。乗り越えるべき試練だ。

2.仕事での幸運を拡大することによって、環境面の不運を小さくする。
  ※世界観は、相対的なものである。仕事で毎日 「今日はラッキーだった。今日は恵まれていた。」と思える状況を作りそれを拡大すれば、精神が形作る世界観において環境面のマイナスは比率として小さくなる。ゼロにはならないが、せせら笑える気分になる。

3.つねに幸運を引き寄せるための作業(種をまく作業)をストックしておく。
  ※つねにやる事があるので、感情が乱れても仕事にすぐに戻れる。
  



この3つは相互に関連しており、この3つを今のまま実行し続ける事ができれば、不遇な環境で暮らす事を、仕事でのステップアップのエネルギーに転換できる。いわば悪環境を成功に換える『幸運変換機』のようなものを作動させることができるのだ。

実際に、この4か月それが実行できている。

まさにデール・カーネギーの「人生がしょっぱいレモンを与えたら、レモネードを作りなさい。」を実践しているのだ。




図解 「幸運製造機」


アホを相手にしない

感情が多少でも乱されれば幸運を引き寄せるための作業(種をまく作業)にすぐさま取り組む

仕事面での幸運が拡大

自己の内面的世界観の大半が「今日はラッキーだった」という気持ちで満たされることで環境の及ぼす悪影響の比率が相対的に小さくなり無視できるものに


※このサイクルを回し続ける事で、環境面での悪材料を仕事での成功に転換できる。
  これにより悪環境で暮らす事を逆にメリットに変える事が出来る。

住環境の問題を『仕事』で克服する

ご近所問題等の住環境に問題を抱えている人は、家で気分よく楽しく暮らしているだけでも一歩外に出るたびに不快な気分になったりする。とりわけ閉鎖的な日本社会においてはそのような問題を抱えている人は多いだろう。



サラリーマンは、会社に出社すれば良いので、あまりそうした問題からは悪影響は受けないだろうが、自宅で仕事する人や主婦はそうした問題から悪影響を受ける。




私自身は急速にスラム化しつつあるレベルの低い別荘地でここ12年ほど暮らして(スラム化の悪影響を受けだしたのはここ4年ほど)、住環境の問題を自分にとってプラスに変える方法を思いついて実践している。

私が『単純作業』と呼んでいる分野の仕事だが、住環境に満足していた時代にはほとんどやらなかった仕事だが、4年ほど前から本格的に始め、今はほとんどそれだけで生活が成り立つぐらい安定したものになった。そして、その仕事に日々アイデアを注ぎ込む事でもっと大きな夢も見れるようになった。

その仕事自体はゲームのようなもので、ほとんど楽しみだけでやっていると言ってもいい。




毎日の生活で、何か自分にとって(精神的に)マイナスの影響を及ぼすものがあるなら、自分にとって毎日プラスをもたらす何かを始めてみるべきだ。

そしてそれは、自分にとって明確な利益になるものが良い。

「毎日、何かで得をしている」「今日はラッキーだった」と思えるような状況を自分で作りだすのだ。




そうした事を着実に実行し、成果を積み上げていくと、自分に関係の無いところでマイナスの事が起こったけれど、自分の領分内の事は4年前よりも着実に良くなっていると思えるから不思議だ。

自分の人生を鳥瞰視して「40代前半の一時期にマイナスの事が起こったが・・・・それによって自分の生活の中に一生涯糧をもたらす『金脈』を発見できた」というサクセスストーリーを描くことが今では明確にできる。




実際に世の中の多くの成功者は、このように環境のマイナス面をビジネスでプラスにした人々である。

人は環境がマイナスの影響を及ぼすような、明確な生活上の"危機"が現出しない限り、自らの能力に気づかないものである。"危機"こそがアイデアの源泉である。

デール・カーネギーはこの事をこう表現している。



「人生がしょっぱいレモンを与えたら、それを使って甘いレモネードを作りなさい」

"危機"はビジネスを膨らませるための種のようなものなのだ。




今ではこの環境で自分をどこまで伸ばせるか試行錯誤する日々が楽しくてたまらない。
またこの4年間を通じて自分が以前よりも強くなったと感じる。

逃げずに克服する事で、開ける世界もある。

ゲーム性のある仕事が自分に向いている

この2、3ヵ月、20代後半~30代前半の感覚・・・浮いているような感覚を取り戻せてきた。

浮いている感覚とは、空を飛んでいる夢を見たときの感覚。
自分と言う車のエンジンがこの上なくスムーズに動いて、車体がスムーズに前進して加速して行く感覚。

この感覚は30代半ばに喪失して、30代後半に少し取り戻し、40代前半に完全に失ってしまったものだった。




これを取り戻せた理由は、時流に乗った単純作業の仕事に立ち戻った事にある。

そしてこの仕事はゲーム性があり、寝る瞬間までやっていたいと思い、朝目覚めるとすぐにデスクに向かいたいと思う。

思い返せば、過去に一番うまくいっていた仕事のパターンはこれなのだ。

・単純作業であること
・ゲーム性がある
・一度仕組みを作ると倍数的にスケールを拡大して行ける




自分には他にも才能を生かせるライフワーク的仕事がある。30代後半を費やしたこの難解な分野の仕事では数か月ごとの停滞に陥っていた(そのかわり一旦作品を生み出せば永続的な著作権料につながるメリットがある)。

だが、今取り組んでいる仕事は停滞と言うものが無い。いや、まだ停滞に達するほど鉱脈を深堀していない。まだまだ先があるのだ。

このゲーム的な仕事の方法を難解な分野の仕事にも取り入れて、すべてを単純化パターン化して繰り返せば、すべての仕事がゲーム性のある仕事となり、停滞を経験することなく延々と前進して行けるのではないか?

おそらくどんな仕事の分野の成功者も、仕事内容を分割し単純化して、ゲーム的に停滞なくこなしてゆく域に達する事が出来た人々なのではないか?

これが自分に向いた仕事のやり方なのではないか?




ここ数か月の前進と上昇の感覚を途切れさせずに、行き着くところまで極め切ってみよう。

一発屋的に燃え尽きるのではなく、パターンを見極め、仕事スタイルとして確立させるのだ。

知らぬ間に、20代後半~30代前半の黄金時代の感覚が取り戻せている・・・・毎日が楽しくてたまらない。

つねに忙しくなく動いておく

自分というエンジンが順調に回り続けている事がもっとも楽しい事である。

停滞しない。退屈がゆえに眠くならないように、つねにペンディングのプロジェクトを同時並行で進めておく。

ホリエモンは「多動力」という本を書いているが、まさに常に多動しておく。

ただし、重要な事はつねに正しい努力を積み上げる事。

暇がゆえに、自分で作る必要の無いものまで延々と作り続けるアホにならないように・・・。
スピードばかり重視して全てが中途半端で終わる有能を気取る無能なアホにならないように・・・。



本当は六本木のような24時間人が動き続けているような場所で暮らすのが元気さを保つには一番良いのだろう。

だが、何もない山林の中で生活していても、つねに自分にインセンティブを与え動き続ける事は出来る。

そのための仕組みを1つ2つではなく、いくつも構築して行こう。

映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」と悪党ディック・リディルの生涯

以前にもこの映画の感想を書いた。

映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」
http://bessousaisei.blog.fc2.com/blog-entry-136.html

最近、ジワジワとこの映画の良さに気付き始めて珍しくもう一度全編を通じて見た。

また寝る前に、よくこの映画を見てその世界に浸っている。




ジェシー・ジェームズを描いた映画といえば淀川長治の日曜洋画劇場で何度も放映された「ロングライダーズ」が有名だ。
この映画は中学生以来、何十回も見ている。

ライ・クーダーの美しいアコースティックギターを主体としたサウンドトラックもこの30年間聴き続けてきた。

だが、この2007年のブラッド・ピットの映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」はそのリアリズムにおいて際立っており、ウォルター・ヒルの「ロングライダーズ」がおとぎ話に思えるほどだ。




ジェシー・ジェームズの生きた時代、金庫を狙う事を生業にするアウトローは金儲けのエリートだった。

ジェームズ・ギャングは、南北戦争のゲリラ戦で培った人脈とスキルで繰り返し銀行や列車を襲った。彼は当時の人々の尊敬を集めていたカリスマ的な人物だった。

黒沢明が「影武者」を描いた時、戦国時代を生きたカリスマの巨大な影を描いたが、映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」もまた、ジェシー・ジェームズと言うカリスマの巨大な影を描く。

1880年代にはジェームズ・ギャングのほとんどのメンバーが逮捕されるか殺されて、ジェシー・ジェームズは小説の中の寓話と化していた。

だが、ジェシー・ジェームズは生き延びていた。彼は、南軍ゲリラの生き残りのようなプロをもはや仲間にはせず、もっと陽気で軽薄で夢想的な若者たちを仲間に加えていた。




私がこの映画でもっとも興味を覚えた人物はディック・リディルである。

dick.jpg
出展:https://en.wikipedia.org/wiki/Dick_Liddil

幼少期よりジェシージェームズの小説を愛読してジェシーに憧れるボブ・フォード。ロマンチストで女好きのリディル。この2人の友情が、やがてジェシージェームズ謀殺へと発展して行く。




ジェシーというアメリカ史のカリスマを暗殺したボブ・フォード。
彼は、短期の名声を浴びた後、一転してアメリカ国民からの罵倒を浴びた。
兄ロバート・フォードは精神を消耗して自殺、ボブ・フォードもまた流れ者のアウトローに暗殺される。
(ボブ・フォードを暗殺したアウトローも出所後に警官との撃ちあいで死んでいる。)

リディルは、ボブ・フォードと共に酒場を経営するなどした後、有能な馬の訓練士となり、やがて訓練所の経営者として成功した。1901年に心臓発作で死亡。




伝説的なジェームズ・ギャングの最後のメンバーだったボブ・フォードはブロードウェーの人気役者となりその後、酒場を経営して最後は暗殺された。

同じくジェシー謀殺のメンバーだったアウトローのリディルは、馬の訓練士として1901年まで生きた。

新選組の斎藤一が女学校の事務員として働き長寿を全うした事に同じぐらい興味深いエピソードだ。



高齢になっても働ける人と働けない人の壮絶な格差

働けない人と働ける人の格差は収入面のみと思いがちだが生きがいの面でも大きな格差になる。

働き口の乏しい場所では、退職で失った生きがいを取り戻そうと、たとえ無給の名誉職でも、高齢者が「肩書=生きがい」を巡って壮絶な争いを繰り広げる。

老後に「生きがい」があるのと無いのと大違いだから双方必死である。ありとあらゆる材料を使って、「肩書=生きがい」を奪取するための権力闘争を繰り広げるのだ。

働かない人(=働けない人)が大半の老後において、「老いてもなお働くことが出来る・老いてもなお時代に適応できている・社会が必要とするものを供給できる」事の価値は、若いころのそれよりも大きく輝きが増す。




それ以外にも他の人間(親など)の幸福感にも影響する。

親に「まわりは金せびってくるグータラ息子の話や離婚して戻ってきた娘の話をしている友人が多い。うちは息子も娘も家を出て自活してくれてお父さんもお母さんも助かってるのよ。」とよく言われる。

わたしが20代のフリーター暮らしの延長で生活していたら、父や母はお金があっても老後の時間やお金を自分たちの愉しみのために使う事ができなかっただろう。

働くということはそれ自体が自分以外の人間の幸福感に影響する。逆に言えば、その人が働かない事は他の人々を不快にさせ不幸にする。

これは社会に対しても同じなのである。

PRESIDENT ONLINE ~  「正論オジサン」とゴミ屋敷住人の酷似点
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190615-00029013-president-soci&p=2




老後2000万円必要とか3000万円必要と言う議論があるが、まずもって人間はおろか全ての動植物は、生きるためにはエネルギー供給をつねに必要とする。

人間も動物も何もしなければ「負債」である。たとえ食料やお金を貯めこんでいても、すごいスピードでそれを食いつぶして行き、かつ同時進行で蓄えた食料やお金は腐ってゆく。

よく節約だけで乗り切ろうとする人がいるが、そんなものは現役時代からやっていて当たり前だし、数万円節約というミクロの世界の闘いである。しかもその数万円のために最低限度の文化的な生活を犠牲にしなければならない。

極度の節約は、金銭を消費しなくても、人間らしい生活を代わりに失い、人生そのものを喪失させてしまいかねないのだ。




このように考えると、老後のために必要なのは単にお金だけではなく、60代70代になってからでも出来る仕事が必要である。そんな仕事を老人になってから考えろと言われても無理なので、もっと若いうちから自分自身を鍛え訓練して、老後も働ける仕組みを自分自身で作っておかなければならない。

幸福な人生を全うするためには、単にお金を貯めたり、節約するだけではなく、老後に出来る仕事自体を自ら育んでおく必要がある。

自分自身が人生で蓄えてきた知恵や知識、自分自身に元から備わっている知性や才能、自分自身の物質的所有物、自分が生活する周囲の環境、刻一刻と変わる世界の変化への認識力・対応力。ありとあらゆるものを総動員して、一生続けられる自分自身のライフワークを育むのだ。

定期的にわざと失敗してみる


古来、諸葛孔明のごとき、もっとも怜悧な支配者は、負ける事まで計算ずくで行う。

たとえば、世界覇権を握っている強国が、植民地における民族自決の機運を読み取り、徐々に世界から撤退を図ってゆく際に、そうした民族主義的なエネルギーの高まりを自ら誘導する。赤狩りで有名なマッカーシーの著作に「共産主義中国はアメリカが作った」という本があるそうだが、なぜ赤い中国をアメリカが作ったのかという理由はそこにある。賢者は、自分の敵ですら自らの手で育てるのである。



賢者は、自分にとってプラスの事ばかりではなくマイナスの事でさえも予期し、育て、それを操る。




こうした原理を個人規模のビジネスに適用する事もまた有効ではないか?大きな失敗を予期し、それに備えるため、自ら小さな失敗を誘発し、それにより現実感覚を取り戻し、より慎重に怜悧に行動することができるかもしれない。

失敗はしないに越したことがないが、失敗しないと学べない事はある。成長するには失敗が必要なのだ。

とりわけ、ビジネスが比較的うまくいっている時、ツいている時に、小さな規模で失敗を誘発してみるのは有効かもしれない。




もう一度書いておこう。

賢者は、自分にとってプラスの事ばかりではなくマイナスの事でさえも予期し、育て、それを操る。

仕事は一生続けるべき 暇は人を蝕む

PRESIDENT ONLINE ~  「正論オジサン」とゴミ屋敷住人の酷似点
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190615-00029013-president-soci&p=2

<<記事の内容まとめ>>

退職後の高齢男性の多くは、「自己承認欲求」というモンスターと格闘して、問題オジサン化。
※彼らのデフォルトとなっているのが、上下関係に基づく「マウンティング」のコミュニケーション

つながり欲求のはけ口を求める不機嫌なオジサンたち
・正論オジサン・・・ミクロレベルのルールマナーの順守に固執する「ポリス化」オジサン
・ゴミ屋敷オジサン・・・人とのつながりが無いのでゴミや屋敷や敷地と繋がりたがるオジサン
・他人の発する音に異様に反応するオジサン

↑個人的な体験としては、「ポリス化」と「マウンティング」と「権力闘争」が一体になった珍例を目にしたこともある。モンスターが集団化し群れ行動をとる例も珍しくない。

今後、ますますこの手の輩が増殖して行くだろう。
不十分な年金制度がモンスターを増殖させるに違いない。




 一方で、私の父などは知的で物静かな人間で、都市生活の中に自分の愉しみと居場所を見つけ、居酒屋で一杯飲んだり、読書をしたり散歩をしたり、良い老後の過ごし方をしていると思う。マウンティングのような事を父が他人にしているのを生まれてこの方、一度も見た事が無い。群れる事も無いが、人との適度な付き合いもある。
 父のような真の意味での教養や知性があればモンスター化は防げるだろう。だが教養や知性が無ければ、暇を有益に過ごすことなどできないので、暇→イライラ→モンスター化(隣近所に迷惑と不快感をまき散らす)というスパイラルに陥ってしまうのだろう。




結論:①仕事は一生続けるべきだし、引退などするものではない。
    ②暇すぎてバカになった人々と一生リアルな世界での関わりを持たない。

 昔バイト先で教えを受け私の人生観に多大な影響を与えた、元不動産会社の社長のバブル紳士は年金世代だが凛としていた。バブル崩壊で妻名義のマンション以外のすべてを失っていたが、私のような青二才と一緒に仕事をしても恥ずかしい素振りを全く見せなかったし、いつもビジネスチャンスを狙ってギラギラした目で世間を見ていた。「お前はダボか?」と神戸弁で威勢よく督促していた姿を今でも時々思い出す。老いたらあんな爽やかな紳士になるのが夢だな。

時代のせいにしない ~ 心の持ち様で世界は変容する

2000年代初頭は、いわば高度成長期の日本の経済敗戦の年(1945年)である。
わたしは当時、督促のバイトをしながら人生を模索していたが、一緒に働いていた人は稼げない営業マンだったり、破産したバブル紳士であったり、仕事がなくなった建築事務所経営者だったり、九州から落ち延びてきた元ヤクザの右翼活動家だったり、なんというか・・・・バブル崩壊の残骸のような場所から世間を眺めていた。今思うと不思議だが、私は督促部隊のチームリーダーとして、バブルが生んだ有象無象の人々に督促の口上を教えていたのだ。

私が当時住んでいた場所も、戦後の焼け跡に出来たバラックの延長上のような線路際の街で・・・よけいに日本経済の没落を感じた。

あの不況の極のような時代にあっても、今から思うと・・・なんと未曾有のチャンスがそこかしこに転がっていた時代だろうと思う。

私の一人暮らしのワンルームマンションの近くにはバイト先で知り合った河原崎君と言う友人がおり、その友人は月2万のアパートに住んでいたが・・・彼が西中島南方の小さな会社に移って、ごく初期のインターネットビジネスに関わっていた事を思い出す。私がインターネットの仕事に関わり始める3、4年前の話だった。

河原崎君は悲観的な青年で、家庭環境が悪かったことなどいつもグジグジと文句ばっかり言っていた。一方で私はというと、根拠はないが・・・自分には成長余地がまだまだあるという確信があった。瞳はいつも明るい未来を見つめていた。私は彼に一緒に何か商売をはじめないかとおもちかけたが、彼はあまり乗り気ではなかった・・・・。




どんな時代においても、衰退の極にある場所と成長の曙光が見え始めた場所がある。つねに光りある場所はどこかを見出す行動を続けてることが重要である。

悪い時代に見えても、すべてが悪いわけではない。つねにチャンスは芽生えているのだ。

悪い時代と思って世間を眺めるのと、未曾有のチャンスが転がっていると思って世間を眺めるのとでは、チャンスを発見する確率が大きく変わる。心の持ち方ひとつで、世界の見え方が大きく変わるのは真実である。




ここ数か月、仕事のスタイルの一部を、『世間から運気を取り込むスタイル』へと変えた。
そのことによって、いくつものニッチを日々発見するに至った。

チャンスを発見するための探索能力も日々向上している。
「推理力」がモノをいう世界である。私は長年犬を飼っているだけあって鼻が効くようだ。

毎日1個見つけられる程度のニッチなチャンスを日々発見する習慣は、精神衛生的にすごくいい。
チャンスで溢れた世界だと思って世界を眺めると、見えている世界の彩度が増す。