FC2ブログ

「職人労働」と「単純労働」

最近、自宅で仕事していて、自分がやってる「労働」には2種類あると思えてきた。

①職人労働 ・・・ 全身全霊で取り組むべきライフワーク的な仕事
②単純労働 ・・・ 事務作業のように惰性的に継続して仕事を続ければ良い単純な仕事

犬の病気や自分が寝込むといったプライベートの突発的事態がある場合、①「職人労働」は大きな影響を受ける。自分の創造性から発するクリエイティブな仕事は、プライベートで感情がかき乱される出来事が起こると中断してしまう。

一方で、②「単純労働」は、どんな事態が起こっても中断せずに続けられる。実際、昨年の一時期、ほぼ1か月ほど寝込むような事があったが、②「単純労働」の仕事は平然と続けることが出来ていた。極端な話、ベットの中でも出来るのだ。

"自分にしか出来ない仕事"という観点では、①「職人労働」の方が、大切な仕事なのだが、いついかなる時でも継続できるという点を見れば②「単純労働」はタフさがある。人生のどんな悪路でも走破して行けるのだ。

今まで、自分は②「単純労働」的な仕事をとても軽く見ていた。小学生の頃からなんらかの形でやっていたような原始的な仕事だからだ。①「職人労働」のような積み上げた知識と才能の資産のようなものは②「単純労働」的な仕事には乏しい。

だが、どんな時でも継続できると言う、悪路走破性が高い②「単純労働」的な仕事にももっと目を向けて良いと思えてきた。

大きなビジネスを行う起業家のような人々は、実は、①「職人労働」的仕事を追求した人々ではなく、②「単純労働」的な仕事を、人より多くスピーディーにこなす事を追求した人々が多いのではないだろうか?

また、仕事の中の①「職人労働」的な部分を、②「単純労働」化する努力も必要だろう。創造性を多少削っても、パターンにはめ込んで単純労働化して、いつ何時も継続して行ける形態にした方が結果につながる。

夕暮れのそぞろ歩き


夏の暑さが少しおさまって、朝夕に涼しい風が吹き渡るようになってきた。

b_living.jpg

夕暮れの散歩は、大型犬のバンビとクララを車に乗せて町へ出かけ、散歩スポットで療養中のクララを気遣って15分ほど散歩した後、クーラーの中でクララを休ませ、バンビと20分ほど闇につつまれてゆく夕暮れの町を散歩している。

廃れてゆく上郡町だが、川べりの町を歩くのはとても心が安らぐ。

暮れてゆく山の端、町家造りの建物が立ち並ぶ町人街の狭い通り。江戸期~明治大正の風情ある街並みが、蛍光灯の街灯にぼんやりと照らされ、ところどころに小さなお堂などがあり、そこだけが提灯の灯りで闇の中にオレンジに浮かび上がっている様は趣がある。

アーサー・マッケンの小説「夢の丘」の中で、小説家を夢見る青年ルシアンは、古代ローマの古跡が残る南ウェールズの故郷の町を歩き、暮れ行く町の家々の窓辺から灯りが漏れている光景を見て、孤独と郷愁を感じた。

幻想小説家や画家が愛したこの夕暮れの魔術的な時間・・・・
岡本綺堂や、竹久夢二などが愛した日本の小さな町の風情と幻想・・・・

シーズン・イン・ザ・サン


近状・・・

愛犬の療養のためにバタバタした日々が続いていたが、ふと一息つけるようにここ数日なった。突発的な出来事が起こると、何気ない日常がいかに幸福だったがわかるが、まあ不安があってもそういう時こそ小さな幸せに喜んだり笑ったりできるので、犬を大切に飼ってきて本当に良かったと思う。

犬たちは老犬の領域に入っているので、これからはなにがしか問題があり、その時々で介護してやらなければならない日常になるだろう。だからといって絶望せず、その日彼らが楽に過ごせればそれでよい。遠い将来を見なくてもいい。その時々で嘆いたり泣いたり喜んだりするだろうが、その瞬間瞬間を日常と思って、苦しい事ばかりせずそれなりに楽しんで大切に生きてゆきたい。

今の環境をベストに生きる 梶原一騎「地獄からの生還」

犬ばかりではなく、人間もそうである。私も妻も親も昔よりも10年老いている。これからは、自分や家族の身体になにがしかの不具合があることが日常となってゆくだろう。自分が出来る範囲で、これまでよりも時間をもっと割いて大切な妻や親の事を助けなければならない。その逆もあるだろう。身体が老いてゆくからといって、お先真っ暗になるのではなく、もっと短いスパンで将来を考えて、今日・明日元気ならそれでよいと、日常生活のちょっとしたことに喜びを見出す生活をしてゆけば良いのだ。

「僕らは喜び、楽しんだ、太陽の季節を・・・・だけど夏の峠は越してしまった」
「今、秋の気配が空気に漂う」  ~ テリー・ジャックス『シーズン・イン・ザ・サン』




秋には秋の喜びがある。ほどほどに楽しめればいい。全てを望まない事だ。




ヤクザ漫画

毎日、ヤクザ漫画を読むのが楽しい。
「代紋TAKE2」全62巻、最高に楽しめた。
現在は「白竜」と「ドンケツ」を読んでいるが、これも負けずに面白い。






スラム化

玄関を一歩出るとスラム化別荘地の雰囲気の悪さはあいかわらだ。耳栓をして外部の情報がなるだけ入らないようにして暮らす事で悪影響を最小限に出来る。そう思って、3Mの強力な耳栓をポチった。

しかし、耳栓が必要な別荘地というのもなかなか笑える(汗) 壁厚があって遮音性の高い建物に住んでいて本当に良かった。家が私たちを守ってくれている。 in 播磨自然高原

過去に「もしも」が起きる事はない

昨年は、愛犬のクララが弟のバンビに体当たりして、後ろ足の靭帯が伸びてとても深刻な状況になった。
毎年、7月8月はなにかが起こって心配させられる。

妻は、外的な世界も自分たちも常に変化しており、一定なものなど何もないという前提で生きているので、起こった事をつねに受け止めて冷静に対策を練るが、わたしは真っ先に過去をほじくりまわしてクヨクヨ考える。

あの時にああした方が良かった、こうした方が良かったと。そうやって自分を追い詰めるのが得意だ。

こうした日々の中で、暇を見つけては「自殺島」というタイトルの漫画を読むことをささやかな楽しみにした。漫画は、食事中に読むことが多いが、瞬間的にその世界に入り込めるので最近は一番の自分の楽しみ(趣味)にしている。

自殺島01_000
出展:森恒二「自殺島」1の表紙より引用

ネガティブなタイトルとは真逆で、自分を見失った若者たちが、大自然の中のサバイバルや集団での自給自足生活の中で、「単に生きている事の喜び」を見出して行くという感動的なドラマだ。かといって、そのストーリー展開は、教条主義的な退屈なものではなく、様々なクレイジーなキャラクターや奇怪な出来事を通じて主人公たちは生きることの意味を見出してゆくのだ。

いろいろと心に残る場面があったが、突き刺さった言葉の一つがこれ。

「過去に"もしも"が起きる事はない。」
「"もしも"が起きるのは----・・・未来だけなのだ」

読後に、仕事などで高望みして自分を追い詰めるのをやめて、もっと地に足をつけて生きたいと思った。もう44歳になって、物質的にも経験的にも満たされてこれ以上望むことはない。今のままでいい。妻や犬たち、あるいは実家の母の何気ない日常生活を守るために出来る限りのことをする事が自分の幸せなのだという気持ちに至りついた。