播磨自然高原 信頼感が消え失せたゲーテッドコミュニティ

 播磨自然高原は、別荘地開発業者の倒産後、別荘オーナー有志が作った社団法人がその運営を引き継いで運営されている。各種書類を見て驚くのは、その社団法人の上層部の面々が設立当初よりほとんど変わっていないということ。

 外見的な形態は、ちょうど中世の荘園(散所などと呼ばれることもあった)がそうであったように、ゲートで自らを外部と遮断しているゲーテッドコミュニティ(要塞都市)である。このゲートは表向きは治安のために設置しているらしいが、一部住民は管理費を払わない人へ嫌がらせと受け取っていたり、ゲートの存在価値を認めている人の一部も将来通行料を取る事に利用されるのではないか?と疑いの目を向けたりしているようだ。

 高原内でささやかれている管理費の無駄使いの噂話を聞いていると前回の管理費値上げなどそもそも必要だったのだろうか?と思えてくる。

 昨今は、その上層部内部でも分裂が起こり、理事長が警察を呼んで意見の異なる理事や監事の行動を止めようとしたり、反対に、不正を発見したと主張する理事や監事が、執行部の面々を刑事告発したり、太陽光発電所をめぐって裁判が起こったり、各勢力入り乱れての内紛劇が繰り広げられている。

 以下のHPなどご欄になれば、いかに支離滅裂な事態が生じているかご覧いただけるだろう。

播磨自然高原情報ネットワーク
https://harima-sln.com/

播磨自然高原自治会
http://harima-szn.com/

播磨自然高原クラブの四季
http://blog.livedoor.jp/harima_kougen/

播磨自然高原を守り発展させる会
http://harimakougen.blog83.fc2.com/

 自分の別荘の周囲も雰囲気が悪くなってきているが、全体的にタガが外れて、おかしな状況になっているのだろう。




サム・ペキンパー「荒野のガンマン」

以前感想を書いた「パット・ギャレットとビリー・ザ・キッド 」と同じサム・ペキンパーの監督作品。

この映画を見るのは2度目だ。
ペキンパーの作品群の中では地味な印象だが、なぜか心に残る。

1度目に見たときは、ありがちなガンマンが主人公の西部劇だと思ったが・・・2度目に見て、やはりペキンパーらしさが細部に出ている作品だとわかった。

この映画の全編を通して漂う雰囲気は、戦争の傷跡が癒え切らない社会と言うところだろうか・・・。

体内に弾丸が残り銃をまともに撃つことができないブライアンキース演じる主人公のガンマン。額には、サディストの南軍脱走兵に頭の皮を剥がれそうになった時の大きな傷跡が残る。

ヒロインは、ダンスバーで汗に臭いの染みついた疲れた男たちの相手をして働くモーリン・オハラ演じる未亡人。

そして、敵役となる男は、前述の南軍脱走兵なのだが、ニカラグアを侵略したアメリカ人ウィリアム・ウォーカーのように私兵を率いて自分の王国をつくる妄想に憑りつかれているアル中のクズ男。

この3者が基本的な登場人物だ。

主人公は、頭の皮を剥いだ南軍脱走兵への復讐心に憑りつかれてこの数年を生きてきたが、モーリン・オハラ演じる未亡人と苦難を共にすることで改心し、クズ男への憎しみの感情から逃れることができた。一方で、戦争から最悪のものしか得なかった南軍脱走兵のクズ男は、狂気の夢をふくらませ・・・。

ペキンパー自身が、第二次大戦の戦争後遺症に悩まされてアル中・薬中へになってゆくが、そうした体験も織り交ぜて、戦争に翻弄された後で、ボロボロになりながらも愛(希望)を見つけた男と、環境から悪いモノだけを吸収し自らの妄想の掃き溜めの中でもがくクズ男との対比を鮮烈に描いている。

何度見ても、疲れた中年女性役のモーリン・オハラが素晴らしい。「コルドラへの道」のリタ・ヘイワースを思い出させる名演。

天職に生き歳を重ねる人々

愛犬のバンビの手術を担当してくれたK先生は、自分が心から尊敬する人物だ。

田舎に移住してきてまもなくこの先生に巡り合ったが、
自宅から片道1時間半~2時間かかる道のりでも、
我が家の大型犬は必ずこの先生に診てもらってきた。

その後5年間ぐらいで日本全国でも屈指の名医として
知られるようになり、最近は予約がすごい状況になっている。

人間の医師も含めた腹腔鏡手術の神の手チャレンジのランキングでも
最上位をキープする、知識・技術共に優れた先生なのだ。

私がこの先生を尊敬する理由は、野球選手のイチローのように、
才能だけでなく、絶え間ない努力によって自分を叩き上げてきた人だからだ。

その技術力にふさわしいのは、VIP客専門の高額な受診料を取る
医師になることなのに、市井の身をおいて、普通の人々の飼い犬を
診てくれるところが何よりもありがたい。

備前の吉永の(人間の)病院にも、80台になっても医院長として
働いておられて、若い医師よりも薬の知識も豊富で頭脳明晰な
名医がおられるが、市井に身を置いて働くことを生きがいにする
人を見るのはとても励みになる。

若いころは、何もしないでブラブラと生きることに憧れもしたが、
今は逆に、狩りをせず檻の中で暮らす猛獣を見ると惨めに思える。

50になっても60になっても、70歳になっても80歳になっても、
生き生きと働き続けて、社会から必要とされる人間であり続ける
ことがどんなに幸福なことか、獣医さんや老名医を見ているとわかるし、
自分もそうなりたいと思う。