毎年恒例の木曽路

12/22は、毎年恒例の明石の木曽路で嫁の誕生日祝い&忘年会。

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歳を重ねるごとに、肉ではなく野菜(とくにモヤシとワカメとマロニー)が美味しく感じる。
帰ってきて、似た材料を買ってきて鳥鍋をしたが、美味しすぎて食べ過ぎてしまった。

明石の木曽路へは片道2時間~3時間かかるので毎年しんどくなる。
10年前は、木曽路に行った後その足で神戸の北野坂まで行って、ハーバーランドのモザイクで犬の散歩していたのに。

ウェブで手製の木曽路のゴマダレを公開している人がいるので、自分も一度やってみよう。

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一日1.5食を続けて、体重が68~69キロになった。(自己MAX81キロ)
嫁に後姿がオジイサンみたいで貧相と言われる。筋トレしないといけない。
今年前半までは、オーブリー&マチュリンシリーズのジャック・オーブリー艦長
みたいに恰幅が良かったのに・・・。

あいかわらず大型犬は2匹とも元気で散歩に引き回される毎日。

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トイプーのつっくんは可愛すぎて、毎日「つっくん」というワードを何十回も言ってる。
もう9歳だが、幼児的というか幼稚というか幼い雰囲気たっぷりで本当に可愛い。

落ち葉掃除とクリスマスツリー

昨日は、落ち葉掃除とクリスマスツリー作りと、薪の移動(カーポート→軒下)を行った。
カーポートが広いと薪の移動もスムーズで気持ちがいい。

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昨夜の嵐でまた落ち葉が落ちているが、昨日までは絨毯のように落ち葉だらけだった。

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昨年の倍ぐらい大きくなったコニファーにクリスマス飾りつけ。

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今日はフェンス沿いに鉢植えしているコニファーを追加。

月に1、2回、母がこちらに遊びに来て、一緒にご飯を食べてブラブラしている。
母は京都の街中で暮らしている姉の話してくれた。
「働きに行くとストレスになる事ばかりゆったり犬に癒されて生活しているXX君なんて自分よりもぜんぜん良い。」とのこと。
来年は、くだらないことでクヨクヨせず、仕事と遊びと運動と将来に向けた計画に没頭してゆくつもりだ。

ショップロゴの作成

妻が作ろうと計画している新しい小型犬ショップのためのロゴの作成を昨日から開始した。

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ロゴの元画像は、恐竜の子供のようだった赤ちゃん時代の愛犬の写真。

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さっと即席で作るとこんな感じ。

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中世ドイツ風のいかついデザインに変えると、う~ん、顔の向きが原因なのか立体感がなくなってわかりにくくなる。

ちなみに以前作ったショップロゴは、今は商品のバックルにもなって活躍してくれている。
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長い間使うものなので、責任重大なのだ。

また外構を引き立てるためのアイアン製看板にもしてもらうつもりだ。

納得できるものができるまで毎日取り組んでゆこう。

金持ち薪オジイサンと貧乏薪オジサン

私が、田舎に来た時、田舎でできる商売を何十個もエクセルのファイルにリストアップした。
もう10年弱前の話だ。その時、自分は都会にいたころやっていた仕事が斜陽になっていて焦っていたのだ。
正直、行政書士や宅建を取ろうかとか、近所のガソリンスタンドのバイトに雇ってもらおうかと思っていたぐらいだ。

その年の暮れにリストアップした項目のうちで、もっとも自分に合っている仕事を、正月に4日間かけて集中して行ってみた。
その仕事で食えることに気づくまであと3か月かかったが、結果としてそれは立派な本業になった。

今でも、散歩をしながら、ミニビジネスのアイデアを思いつき、それを副業のように行って結果を得ることは田舎暮らしの自分の最大の楽しみの一つである。自分でいうのもなんだが「副業アドバイザー」なんて名乗れるんじゃないかというぐらい、しょうもないミニビジネスを思いつく才能があると思っている。

たいしたものではないが、自分で社会のニッチでマニア向けなニーズを掘り出し、そこへ提供するものを創造する仕事を自由自在に作り出せる。
辺鄙な辺境の田舎の山荘でのんびり暮らしながらそれを行える。これほど楽しいことはない。




ところで、私が薪を定期的に買うことにした薪オジイサン。かなりのキレ者だ。
水道もない山奥に山小屋を建ててポツンと住んでいるが、その山から最大限の糧を引き出して暮らしている。
辺鄙すぎて誰も来ない山林に無尽蔵にある倒木や伐採林から薪を作り出し、それをネットを通じて売る。
買い手はその辺鄙な場所まで薪を取りに来てくれる。

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農業・漁業のように不作不漁とか関係ない。薪ストーバーのニーズがあるかぎり、乾燥して出来上がった薪は一定程度の価値を持つ。
一見質素な山暮らしをしているこの老人は、半永久的に配当を受け取れる不労所得を得た資本家のようなものなのだ。

これは、土地が誰の持ち物かはっきり決まっている別荘地ではなく、だれも来ない水道もない辺鄙な山林を山暮らしの場として選んだからこそ得られた特権なのだ。

体力が続く限り、無から生じたものを価値あるものに変え続けられる。まるで金貨の湧き出す魔法の井戸の傍に住んでいるようなものだろう。実際、燃やすと熱エネルギーに変わる薪は、金貨と同様に大昔から価値が変わらないものの一つである。

「趣味はそれが市場価値を持った時に面白さが最大になる。」

好きな山暮らしを通じて魔法の井戸を発見したこのオジイサンは毎日が楽しくてたまらないに違いにない。しかも、薪販売を通じて、自分よりも若い世代の人々と交流できる。

私がなによりもこの薪オジイサンを評価する点は、孤独・孤高を恐れない気高さ・強さを持っているからだ。その背景には自分が社会から必要とされているという確固たる自信があるのだろう。薪オジイサンの薪が市場価値を持つということは、薪オジイサンがいまだ社会から必要とされている事の証だ。このことは、薪オジイサンに想像以上の生きがい・自信を与えているに違いない。

自分も、ミニビジネスを生み出す趣味を続けることによって、こんな楽しみを持った老人を目指そう。
単に薪を消費して燃やして暇をつぶすだけで、社会にも必要とされず、同じようなレベル同志で群れたり井戸端会議して悪口をいいあって自己満足に陥ってるだけの、心も生き方も貧相な暇人(貧乏薪オジサン)にはなりたくない。

旅行しないとバカになる

最近、ドライブしていて素晴らしい場所を見つけた。
伊勢のパールロードとも共通点を感じる、Coccoの歌の歌詞に
出てくるような、午後の光に照らされ、物憂げにまどろんでいる
だだっぴろい景色。子供の頃に見とれた風景と重なる。
心の原風景。

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竜野の某海岸

トンネルを掘りフランスのジェネラルソシエテ・ニース支店の貸金庫を
襲ったことで有名なアルベール・スパジアリの「堀った奪った逃げた」
は素晴らしい書物だ。



一生のうちに巡り合える本の中でも指折りの宝石のような世界が
そこに広がっている。

スパジアリは、フランス内のイタリア移民として屈折した幼少期を
送ったのち、フランス外人部隊に入隊し、インドシナ、アルジェリア
の2つの戦争に従軍して、フランスの植民地戦争のなかで青春を送った。

そしてフランス軍内の反ドゴール秘密結社、OASに参加したことを
通じてスペイン~南米~日本にまでに広がっていた冷戦下の極右の
テロリスト・ネットワークに身を投じる。

そして、チリのピノチェト政権の秘密警察の協力員として働く傍らで、
世界を揺るがした銀行強盗を企画立案し実行する。

「堀った奪った逃げた」には彼が銀行強盗に至ったまで背景、
人生観、世界観、政治観(1950年代~1970年代のフランスの
時代精神そのもの)が言葉の端々から読み取れる。

彼は言う、「たまには奮発して、バカにならないために旅行にもいった。」
「中古のランドローバーでサハリ砂漠を旅した時、飢えたトゥアレグの村に
食料を運ぼうとしているフランス軍の老軍曹に出会ったっけ。」などという
ドラマチックな記憶が綴られる。

『たまには奮発して、バカにならないために旅行にもいった』という
言葉が妙に記憶に残った。そう、人はいくら想像力をはためかせても、
たまには物理的に移動して知らない場所、ふだん行かない場所に
行かないとバカになってしまう。これは真理である。

最近、週に3日は妻とドライブに行くようにしている。

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歳を重ねるうちにもっと外出が増えるだろう。
いずれ、週に1度は姫路や三宮に泊まって食べ歩きをしたいと思ってる。
買い付けに海外に旅行にも行くだろう。

最近、地元の地方紙を読んでいると、
私が住んでいる別荘地で自治会が作られたことが記事になっていた。
ここの事とは関わらないようにしよう。考えないようにしよう。

自分の敷地だけは聖域であり守られていると思い描き、
その周囲は別の国の話と考えよう。世界は広いのだ。
せめて精神だけは、希望などまったくない山間部の
暗く陰鬱な別荘地から出て、広く明るい世界を旅しなければいけない。

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週2回通う事にしたWAKEキッチンはクリスマスのイルミネーションになっていた。

アーツ・アンド・クラフツ

応仁の乱の時、京都の貴族たちは都落ちして日本の田舎に散り散りバラバラに疎開した。

その先々で、"粋"、"趣き"を提供することを生業にして彼らは生活したそうだ。
今日、日本文化と呼ばれるものが日本全国に広がったのはこの時だそうだ。

文化というものは人を魅了するし、逆に言えば文化の香りの無いもの、安い値段だけのもの素っ気無いものは人々を幻滅させる。
ネットでつながる時代、センスのあるものを生み出せれば、人は値段ではなく質を見てそれを選ぶし、日本のみならず世界中を相手に仕事ができる。

田舎で生活していて、センスを持って生きる(センスを生かして生きる)ということの大切さは過去10年で実感している。
喫茶店ひとつとっても、センスのあると無いで、人々から愛される度合いが段違いになる。また、「神は細部に宿る」というように、センスがあるものにはデリカシー(繊細さ)がある。

またセンスは磨かれるものであり、良いものに触れて目利きになることの重要性も日々実感している。

そういう目で見ると、岡山県は、若い人々が"質"を追求する活動をしている例を随所に見ることができる場所だ。

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この門扉や外構を施工してくれたの、岡山でアーツアンドクラフツを実践している職人さんと、その若い弟子さんだったっけ。
今日はその弟子さんがベンチを作った天然酵母のパン屋「アンド ブレッド」までドライブに行ってきた。

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「アンド ブレッド」さんのベンチを、ウチの門扉作りを手伝ってくれた若い職人Oさんが作ったそうです。

備前の農村部の民家の小さな店舗だが、周囲はパンの焼けるいい匂いが漂っていて、店舗内にはとても濃厚で上質な雰囲気が漂っていました。

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毎週通っている、ENTER WAKE キッチンも、食を通じたアーツアンドクラフツ運動だと思うし、質の高いものを安く提供してくれているのがとてもありがたい。和気の宝である昭和モダンな銀行の建物が時代がかわりこのようなお店に利用されているのが素晴らしい。

天然酵母のパン屋「アンド ブレッド」さんにしても、ENTER WAKE キッチンにしても、毎週通って(微小ながら)応援したい。