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時間を忘れる

毎日、犬の散歩、掃除、仕事、庭仕事・菜園、仕事、犬の散歩、小説ホーンブロワーシリーズという日々である。

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ようやく咲き始めたバラたち。

庭の全体量から言うと、花の乏しさを感じるが、いずれはフェンス全体にバラを這わせたいと願っている。

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咲く前は、黄金に輝くが、咲いてしまうと急激に色あせてゆくロイヤルゴールド。アイスバーグも咲き始めた。

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常緑樹の枯葉もひと段落したので、真砂土の上の掃除も進めていってる。

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まどろんでいるグレムリンがアクセント。犬のオシッコスポットにもなっている。

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以下は北の庭で運用している菜園プランター。南の庭にも同規模のものを作っている。
2苗のイチゴが連日収穫できている。イチゴは、シュートから苗を採って、いずれ数十個の規模で運用したい。

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映画「ゴッドファーザー」のように、毎年運用するトマト畑を持ちたい。という願いが実現。

掃除の効用


本日は愛犬のワイマラナー・バンビの誕生日。

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毎日夕方の2時間~3時間かけてたっぷり犬たちの散歩をしているせいか、長時間の夕方散歩までは犬たちは散歩のためにエネルギーを温存して、庭や玄関でゴロゴロとしてくれている。

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手作りケーキを作った。

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仲良く完食。

愛犬の誕生日を祝うように、ロイヤルゴールドのバラの最初の花が咲いた。
昨日から咲きかけていたのだが良いタイミングで開花。

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つるバラはグングン伸びて、フェンスを埋め尽くしてほしい。

テラコッタでの運用は、冬の凍結を避けがたいので、今年の秋あたりに雰囲気の良いFRPの大型プランターを大量導入して本格的に薔薇を育てたいと思う。それまでに勉強しよう。




毎朝の車掃除と表の掃き掃除を続けている。
その効用か、ここも掃除したい、ここも掃除したいという欲が湧いてきて、家が急速に綺麗になってゆく。
そして家が綺麗だととても気持ちがいい。

今日も朝から掃除

昨日は、夕方に河川敷散歩。
旧い街並みが残る一帯で、最近気に入ってよく散歩している。

この町にはめずらしく、大正モダン風のデザインの橋や街灯が残る雰囲気が良い一角なのだ。

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車から犬を下していると、粋なオジサンが「ゴールデン?自分も昔3匹飼ってたのよ」と話しかけて来られた。
この方の住むお屋敷は、以前から雰囲気が良く見とれていたのだが、50-40年前ぐらいに豪邸街でよく見られたようなスペイン屋根の建物と塀と車庫に統一感のある豪邸で、車通りの多い国道沿いにある。

作業着姿で散歩している人が大半の田舎には珍しいシャツがパリッとしてオシャレでダンディな感じの老紳士で、夕涼みに家の前を散歩しているときに私たちが目にとまったのだろう。この方とは1年ぐらい前にも話した気がする。

やはり粋な家に住む人は、雰囲気も安っぽくない。

昨日から、朝は、家の前を掃くだけでなく、毛バタキで車のホコリをはらい、汚れが目に付くと洗うようにしている。
車もピカピカ。嫁は車が少しでも汚れているのを嫌うので、これで嫁も毎日気分よく外出できるだろう。

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家の内外の不要なモノも順調に処分できている。

映画「ベストキッド」の導師ミヤギさんに、「何かを上達したかったら車を掃除するんだ」と言われている気がする。

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掃除は物事の基本であり、掃除によって穢れが清められ、心に平安が得られ、物事に取り組む基礎が出来る。

カーポートの掃除

デザインで選んだカーポート"IORI"だが、森の中に住んでいるので、落ち葉が何か月も積もった状態で、下から見ても汚れが気になる。そろそろ掃除しないとヤバイ!

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今日は、本格的に"IORI"を掃除してみた。ゴミ袋いっぱいぐらいの量の松の葉がとれた。
途中、超巨大スズメバチの来襲も。

だが、中央の部分の落ち葉はどうしても届かない。

そこで、ホームセンターのお掃除コーナーを見ていると、ガラス用のワイパー型のモップがあり、伸縮機能でかなり伸ばせるので買ってきた。今夜の雨が過ぎたらこれでピカピカに掃除しよう。

カーポートは数か月に一回、車は洗車機でというルーティーンだったが、カーポートは1ヵ月に1回ピカピカにして、車はサッと毎日毛ばたきでホコリだけでも払うようにしようかと思った。

今読んでいるホーンブロワーシリーズでは、戦列艦の日常業務がよく出て来るが、船員たちはデッキにモップをかけて船をつねにピカピカにしておく。それが戦闘となれば、肉屋のまな板のような状態になるのだが、それでも戦闘後できるかぎり早急に掃除する。

よくプラモデルなどで、汚しを入れた戦車や艦船などがもてはやされるが、実際は、戦闘を行う直前まで兵器は可能な限り磨き上げられ塗装も綺麗に塗りなおされているのが当たり前である。ピカピカな戦列艦と薄汚れた戦列艦が一騎打ちすれば、戦う前にピカピカの方が士気の面で勝っている。

清潔さというものはそれ自体がパワーであり、最善を尽くそうという向上心の現れなのだ。

これからはカーポートの屋根や雨どいに何か月も落ち葉が積もっているようなことはけしてしないようにしよう。汚れを見た時に見過ごさずにすぐに手を入れることを習慣にしよう。




5/13(土) 午前中

昨日買ったワイパーで、カーポートの上の葉っぱを掃除できた。
泥があるのでピカピカにはならなかったが。

今度は雨の日にワイパーのモップ部分で拭こう。



ホーンブロワーシリーズと「残穢」について思うこと

帆船時代の海軍士官の一代記「ホーンブロワー」シリーズを相変わらず楽しんでいる。

主人公の行動に実に刺激される。

ホーンブロワーは、絶体絶命の窮地に立った時、まず(周囲にさとられずに)悲嘆にくれて、自分の悲惨な境遇を嘆き悲しむが、半日もすると、その暗い境遇の中に一点の脱出口を見出してそれを見つけたとたん、全神経をそれに集中して活路を開くために全力をつくしてゆく。

英国民を魅了したホーンブロワーの物語の魅力は、このホーンブロワーの行動力である。

一方で思うのが、「残穢」の中で、奥山家に端を発した穢れ(派生してゆく呪いの一形態)から逃れられなかった人々の暗さである。

床下から響く声から逃れられずに人生を狂わされた数々の人々。
自分ではなく、自分以外のものに振り回されて人生を浪費し、最後は破滅していった人々。

ホーンブロワーならどうしただろうと思う。おそらく半日で解決しただろう。
いや、そもそも床下から響く声など気にもとめずに、朝起きて仕事に向かい、夜ベッドに崩れ落ちるまで人生を全力で戦い続けているだろう。

穢れによって破滅してゆく人間は、外的な要因に左右される弱さを持っている。

ホーンブロワーにますます魅了されると同時に、「残穢」にも魅了されている。
成功する人間と、破滅する人間、良い例と悪い例。それがこの2作品に明確に示されている。

「残穢」という作品は、あらためて深い作品だと思う。
作品の中に「穢れ(人生を破滅させるもの)に取り殺されないように、何をすべきなのか、何をしてはいけないのか」というヒントがある。

穢れは知らず知らずのうちに自分の日常生活の中にあるものなのだ。
最初は小さい習慣にすぎないものが、年月が経つうちに自分を破滅させてゆくようなもの。
それによって、人生の終わりで地獄と対面するか、天国と対面するか、が左右される。

ごみ屋敷で発見されるような老人は人生の終わりで地獄を見たのだ。
穢れに取り殺される人間は総じて、心に木枯らしが吹くような寂しい生活を送っている。

そこには情熱や愛情が欠如しているように思う。
そして知性にも欠けているので、自分の状況を客観的に見ることが出来ず、ズルズルと地獄に引きずり込まれてゆく。
どんな賢い人間も一瞬でバカになれるというユダヤの諺があるが、バカにならないためには良い習慣(簡単な例で言うと掃除)によって自分を律し続けなければならない。

悪い習慣は、それに気づいた瞬間にきっぱりと絶つことだ。

つるバラ ロイヤルゴールド 

雨続きで写真をとっていないのだが、
「ロイヤルゴールド」という黄色花のつるバラの品種が一番勢い良く育っていて、もうすぐ花を咲かせそうだ。
昨年の夏に入手したアイスバーグの小さな挿し木苗も順調に育っている。

その他の2種は今一つ元気がない。
冬場にテラコッタの凍結を恐れて、水をやり惜しんだからだろうか?

とにかく「ロイヤルゴールド」の勢いが凄い。この土地に一番合っているのだろうか?
見るたびに大きくなっている感じなので、テラコッタの一番大きな鉢に植えた。
いずれはこの品種を買い増して地植えしてやりたいところだ。

バラは冬になれば枯れると思っていたが、アイスバーグは冬場でも12月ごろまでは花を咲かせ続け、ロイヤルゴールドも緑の葉が枯れる気配はまったくなかった。

アイスバーグ&ロイヤルゴールド、この2種はウチの土地の気候に合ってそうだ。

獣医さんにもらったシマトネリコのテラコッタに植えていたほうは、地植えに変えた。
とたんにすごい成長!地植えのほうが木は喜ぶんだろうな~。

映画「残穢」で あらためてお掃除の大切さを実感

ド田舎すぎてTVが映らないので、WOWOWに入って時々映画を見ている。

映画「残穢」だが、ひさびさの傑作だ。

「呪怨」や「リング」といったジャパニーズホラーの独特の世界をより冷静な目で謎解きした作品とも言え、新しい分野の推理小説と言っても良いかもしれない。

ホラーは時として、ある民族や国家の底流に流れる深層心理を抉り出す。
たとえば古代日本において遷都がなぜ行われたのか?その理由は「穢れ」である。

小説あるいは映画版「残穢」の中でいくつかの恐ろしい表現の言葉が登場する。
『欄間から仏間を覗くと地獄が見える』この言葉がなんとも言えず恐ろしかった。

その地獄とは、たんに家庭内あるいは個人の人生に生じた地獄から、災害や事故、戦争などが生み出す地獄まで様々である。
「穢れ」が忌み嫌われる究極的な理由は、「穢れ」が過去に地上において生じた地獄と繋がっているからではないだろうか?
日本人は「穢れ」を通じて、地獄をかいま見る能力が秀でているのである。

大坂の陣の後の大阪城は、江戸時代250年間、(何度火事で焼失して建て替えられても)化け物屋敷であり続けたという。
大坂の陣の後、あるいは第二次大戦後、日本人があれほど平和を希求したのも、「穢れ」の意識と無縁ではないはずだ。

日常生活的な感覚でいうと、「穢れ」とは、過去の因縁と鎖で繋がれている状態であるように思う。
日常的な例でその「過去の因縁と鎖で繋がれている状態」を説明すると、それはモノ(ゴミ)を捨てられない状態であると言える。
あるいは、住む場所に執着することも「過去の因縁と鎖で繋がれている状態」であることが言えるだろう。

うちの両親は、都会の駅前の賃貸マンションで悠々自適な老後生活を送っているが、それまで長い間住んでいた戸建てと違い実に快適だという。単に新しくて清潔というだけではなく、それまでのご近所付き合いなどから全て解放されて、(自分の所有物でないので)家の修理の心配も庭木の心配もせずに暮らせるのが何よりも自由で気持ちがいいのだろう。

私はまだ当分は今の家に住むだろうし、引っ越ししてもおそらくこの家は手放さないのではないかと思う。
そういう意味では、住み慣れた家を手放さなくてもいい安心感と同時に、土地の因縁を背負って生きることになるわけである。

これからもいろいろ問題が起こるであろうこの土地に住み続けるにあたって、少なくとも気持ちだけは過去の因縁を祓って楽しく明るく暮らすにはどうすればいいか?

それにはまず掃除(&モノを処分すること)だなといつも思っている。
今年前半だけでもかなりたくさんのモノを処分できた。

アンティークレンガの庭の春

アンティークレンガの庭の春。

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犬たちは、この庭を気に入っており、一日の大半は庭でまどろんで過ごす。
ロングヘアードワイマラナーの雌のクララは、スロープにボールを自分で転がして一人遊びを繰り返している。

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ワイマラナーオスのバンビは、何よりも日向ぼっこが大好き。

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ミニトマトを食べきれないほど大量にという妻の要望に応えて、トマト用のプランターを新規増設しまくり。
実は南側の庭にも例年にない規模の野菜プランターを運用している。
袋に土を入れてジャガイモつくりにも挑戦。

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 室内では、今年に入ってから、ようやく10巻ある帆船時代の海軍小説ホーンブロワー・シリーズの読書に取り掛かっている。
 司馬遼太郎の「坂の上の雲」の原型にもなった小説だが、やはり本家本元は、西洋猿マネの優等生感が鼻につく「坂の上の雲」のエリート目線の戦争描写の嫌な感じはまったくなく、素晴らしいの一言だ。
 ホーンブロワー・シリーズを開くと、上質なものに触れるすばらしい時間を過ごせる。

 イギリスの国民文学と言われるこの小説は、チャーチルも傍らに置いておいたほど、"紳士たるものかくあるべき"という、英国が世界を魅了した時代のジェントルマンの概念を描き切った作品である。

 主人公の海軍士官候補生のホーンブロワーは、ひょろっとしており、気弱そうで無口、周囲の誰もが海軍では使い物にならないと思うような外観の青年。だが、彼は自分固有の本能や性質に依存して漫然と生きるのではなく、一流のジェントルマン(支配階級)、一流の艦長ならこういう行動をとるはずという理想像をつねに描いて、つねに自分を律しながら海軍の階段を上がってゆく。それはけして生易しいものではなく、運やコネにも左右されるし、常軌を逸した上官を事実上抹殺するような犯罪的な手段にも関わる事も時には必要となる。

 花形の大英帝国の士官でも海に出て海軍の配給で自分の腹を満たすことでなんとか家族が養えかつかつで生活できる時代・・・昇進の階段を上るのは至難の業で、士官候補生が士官になれないまま月日を重ね中年、老年になり、大半が敗残の人生に埋もれていく。

 多数の中から這い上がるには真面目さだけでは無理である。献身的姿勢と、全財産をはたいて賭けに身を投じ続ける大胆さ。その両方が必要なのだ。

 家庭人としてのホーンブロワーもつねにジェントルマンたろうとする。妻を幸福にしなければならないという義務感を軸にすべての家庭での行動を律する。個人の感情の揺れ動きで行動に迷いが生じるようなことをいっさいしない。

 多くの戦争で要所要所にいて、「この男がいないと軍がなりたたない」と言われたような、兵士たちの尊敬を集めるような軍人・職業人がいかにして生まれるか。それがこの小説の本質だ。
 実際、この種の人間は身近にもいる。たとえば、犬たちの獣医さん(ハリネズミ先生)だ。この種の人々を自分は心から尊敬する。
 その片鱗でも自分のものにしたい。

 これを読んでいて、適菜収がバカになりたくなければ古典を読めというのは、まさにこういう事なのだなと思う。
 現代文学と古典の違いは、現代が個性を重んじる時代であるのに対して、近代以前は知性が理想的人間像を追い求めた時代だからだろう。1流になるのは、自分のオリジナリティに依存することから脱しないといけない。

 ホーンブロワーシリーズは、一流の男(紳士)になるために、どう自分を叩き上げていったかという事を具体的に描いている稀有な小説だ。

最後にトイプーのつっくんの写真。

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ところで・・・

春先に気づいたことがある。
コメリのオールドテラコッタシリーズのスタンドカップにヒビが入っている。
その後、5つのカップのうちの3つが続々とヒビが入った。
この形だけ少し弱いのかもしれない。

でもデザインは良いのでパテで修復してディスプレイ用に使いたい。