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負けない人 小野田寛郎氏 そして 立花孝志氏・・・


戦後、ルバング島で『発見』された小野田寛郎氏について以前よりいろんな書物を読み研究を行ってきた。

彼のように粘り強く、なおかつ負けず嫌いな日本人を自分は知らない。




その彼について、自分はかつてこんな文章を書いた。

小野田氏は「負けない人」。小野田さんを批判した日本人は「負けた人」。

小野田さんにとっての勝負とは、米軍に捕まらない、フィリピン軍に
捕まらない、島民に捕まらない。これは負けられないゲーム。
負けたらゴミのように扱われ、惨めな思いをする。
(実際、ソ連抑留、日本軍捕虜虐待・虐殺、戦犯裁判と日本兵には
 惨めな待遇が待っていた。)


「日本が戦争に負けたかどうか」は大きな問題ではない。
重要なのは、自分が負けないこと。たとえば土方歳三は、
「薩長が官軍になった」とわかっても蝦夷共和国を作って戦い抜いた。

だが、多くの日本人は、負ければ新秩序に従わなければと思う。
どんな理不尽な待遇でも甘んじて受け入れる。どんな非合理な事も
「平和のため」「心の平穏のため」と正当化する。
自分の弱さ、勇気の無さを自己憐憫して互いに慰めあう。

小野田さんはそんな日本人が大嫌い。だからブラジルへ行った。
多くの日本人が、自分たちと同じように自己憐憫しない、負けを認めない
小野田さんを批判した。多くの人が「あんな奴はブラジルで失敗する」とののしった。

だが、小野田さんはルバング島の局地戦で勝った時のように、
ブラジルでも粘り抜いて勝ちを手に入れた。
勝ちというものは時に道徳に反するし、時に冷酷さも必要だが、
勝たなければ奴隷になるしかない。

小野田さんは、勝つ事へのこだわりを誰よりも持ち続けた稀有な日本人である。





粘り強く、なおかつ負けず嫌い、この2つの特質により、彼は人生において何度も勝利を収めている。

①末期のフィリピン孤島で米軍に捕獲されず捕虜になる辱めを受ける事を拒否。
 (南米に逃亡したドイツ軍人のように、生涯敵と戦い続ける覚悟)

②島民殺害事件でフィリピン警察の囚人となる事を拒否
 (完全なる名誉が保証されるまで投降しなかった)

③帰国後に受けた批判攻撃を南米に"転戦"する事でやりすごし好機を待つ。
 (その間、資産家の婦人と結婚し、南米で牧場経営成功)

④小野田氏が長寿を楽しみブラジルで名士となっている間に、小野田氏を批判した人々(左派や旧軍の軍人たち)は次々に寿命で世を去っていた。その間に、日本の左派全盛期が終わり、右派の黄金時代がやってきた。世界でも日本でも同様に、小野田氏は名誉を得て、負ける事が無い幸福な人生を全うした。



 小野田氏の粘り強さと時間を味方につけた戦法は、中国共産党の長征を思わせるような遊撃戦(ゲリラ戦)の鏡のような戦い方である。




 立花孝志氏もある種の遊撃戦の名手であるが、裸一貫から周囲を巻き込んで、雪だるま式に勢力を作ってゆく手法は、おそらく今まで日本の政治史に見る事ができなかったものである。次々に来る挫折の中でもめげることがなく、転戦を繰り返して、気づけば大物政治家でも無視できない存在にのし上がっているところなど、まるで下克上の時代の戦国武将(斎藤道三のような)を思わせる。

 時間と時代を味方につけて動くところや、粘り強さは小野田寛郎氏に似ているが、予測不可能な事態やトラブルを逆に知名度UPに生かして、雪だるま式にフォロワー・勢力を作ってゆくところは、まるでヤクザ漫画の世界である。




 ストリートから叩き上げるヤクザは、身に降りかかるトラブルが全て自分の名声を高める伝説になり、それがしのぎに変わってゆく。そんな世界を見ているようである。そこは立花孝志氏の天性の博徒の素質なのだろう。彼のような人間が躍動する時代は、まさに時代の転換期なのだ。

 これからも立花孝志氏をウォッチして、人生のヒントを彼の生き方の中から探ってゆこう。
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