FC2ブログ


一定レベルを超えると加速度的に自然増殖するSNSフォロワー数

立花孝志氏のYoutubeのフォロワー数を数十人の時代からずっとウォッチしてきたが・・・
3~4万フォロワーの時に、一度、「保守アカウント狩り」で立花氏はアカウントを停止されている。

普通は「立花はもう終わりだ」と思うのだが、すぐさま別アカウントを作ってまたたくまにフォロワー数を回復。
逆に勢いがついて、そこから2倍、3倍、4倍へ一気に倍化した。

アカウントの知名度の指標でもあるフォロワー数というものは、ある時点でターボのように加速するのではないか?
一種の自然増殖の段階に入るのだ。




1年ほど放置している私のイラスト系SNSのフォロワー数は現在16600、妻の画像系SNSのフォロワーは現在2800フォロワーである。企業はCM費などを支払って、お金と引き換えに知名度を得るのだが、SNSを利用すれば個人が自分の創作物だけで自分を宣伝し知名度を高めることができる。これが出来る事が私たちの強みである。私には絵を描く才能が有り、妻には写真の才能とセンスがあり社交性がある。これが今後どのように増えてゆくのか楽しみに見守っている。

ある分野における知名度と言うものは、ある種の資産であり不労所得をもたらしてくれる源泉である。それは一定レベルを超えると自己増殖して行くようである。私たちが、何もない不毛の別荘地で12年間暮らしてゆくことができるのは、そうした原理を利用して、自分の才能と社会をリンクさせることをコツコツと続けているからに他ならない。

私の場合などは、作品をコピーして海外でばらまいている人々が、世界中の言語に勝手に翻訳して布教活動を行ってくれている。こうした行為が、日本が衰退するであろう将来において、海外からの収入を増やしてくれることを期待している。

顧客償却

顧客償却という中小企業用語があるそうだ。

「顧客は時間の経過とともに一定割合づつ減ってゆく。」

なので新規開拓に広告費を使わなければならないという話である。
モノを売る商売の場合は常に次の手、次の手を打って行かないと気づいたら閑古鳥が鳴いていると言う事だ。

こうした顧客償却に対して、今年初めより私が行っている『(小さなものでいいから)毎日新しい流行りモノを発見する』という習慣は極めて効果的なのだ。

妻がやっている仕事も、SNSでのアピールや欧米の小規模メーカーへの地道な開拓を行う事で毎年少しづつ規模を拡大している。




私の仕事の中で、顧客償却の償却割合が極めて低いのが著作権業である。

この2年ほど作品を発表していないのに、毎月一定割合の成果が上がってくる。
おそらく私の作品の一部を海外サーバー等にバラまく人がいてそれが宣伝効果になっているのかもしれない。
フォロアー15000を超えたSNSの力もあるだろう。

AIで仕事が減ると叫ばれている時代に、代わりがいない仕事、自分しかできない仕事、クリエイティブな仕事に注力する事は極めて重要である。

最後に人が欲しがるものは『幻想』

市川崑版の映画「野火」の中で、ミッキー・カーチス演じる若い兵士を顎でこき使っている古参兵がこんなことを言う・・・

若い兵士「みんなお腹が空いているのにタバコなんか欲しがらねえよ」
古参兵「そんなことはねえ。兵隊はたった1個しか残ったイモが無くてもそれとタバコと交換したがるもんだ。」

日本軍が敗走するジャングルの中ではイモが通貨になっている。




10月には消費税が上がり、近い将来オリンピック景気も終わる。
大阪維新の生みの親でもある故堺屋太一は、オリンピックが終わると日本はすさまじい不況になると言ってる。

五輪後は大不況となり移民受け入れの扉が開く
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171223-00017249-stoyos-bus_all

今度来る不況(世界的な規模で起こる可能性が高い)では、ヘリコプターマネーでもMMTでも何でも使ってさらにすさまじい金融緩和が行われるだろう。通貨の価値などあっと言う間にパーになるので、単純に貯めたお金で乗り越えることが出来ないであろう点が、1990年代から始まったバブル崩壊とは違う点だ。

そうした混乱の中であと10年前後で、今住んでる場所も終わる可能性が高い。(仮にそうなっても自分の仕事さえちゃんと出来ていれば何も困らない)

ところで・・・・そうした不況において、どんなに経済が疲弊しても人々が欲しがるものは何か?
それは『幻想』であろう。




イギリスウェールズ出身の幻想小説家アーサーマッケンは、多くの優れた幻想小説を書き今では世界中にファンがいるが生前はほとんど日の目を見る事が無かった。

だが、一度だけマッケンの小説が売れまくった時がある。それはWW2以上の未曾有の惨事となった第一次大戦のさなかに、戦場での怪奇譚を集めて作られたシリーズだった。




大脳支配の動物である人間は、悲惨な時代が訪れたとき、幻想の中に逃げるのである。

なので幻想を紡ぐクリエーター業は、おそらく今後10年~20年間、もっとも有望な仕事であろう。

そろそろ現実世界を離れて、幻想の世界に戻らねばなるまい。

幻想の世界に生きる覚悟を持たなければ物語は紡げない。



仕事はお金のかからない遊び

2008年ごろからずっとウォッチしているブロガーがいる。

当時、その人(仮:Aさん)は超高学歴で私と同じように田舎暮らしをはじめたばかりだった。
年齢は当時28歳ぐらいだったと思う。

インテリのAさんは、極限まで生活費を削って生きれば働かなくてもいいと提唱して、ある種の生活スタイルとして本まで書いてTVや雑誌にも取り上げられた。

月数万円で暮らせると言ってたかな?




が、結局その人は、何か初めては中途半端に終わる事を延々と繰り返し、結局お金を使わない生活は退屈だったのだろう、最後には都会に帰って、今は配達業でバリバリ働いており、仕事の中に心の平安を見出している。

仕事は、お金も愉しみも仲間も家も家族も全てを与えてくれるリーゾナブルな遊びである。
(逆に言えば、仕事が無ければ、お金も愉しみも仲間も家族も家も全てが奪われてゆく。)

この人は28歳からの10年かけて30代後半になってそのことにやっと気づいたのだろう。




言っては何だが・・・わたしは25歳の時にすでにそれに気づいてた。(それでもかなり遅かったが・・・)

それ以前は何をやっていたかと言うと、中之島の公会堂の図書館に籠って文学を読みふけったり、一生分ぐらい釣りしたり、漫画家を目指して2年半もワンルームに籠ったり、まあふんだんにある時間を使って暇をもてあましていた。(それになりに個々の事に一生懸命だったのでこの時の経験が今はメチャクチャ役に立っている。あの時漫画修行をしていなければ、今著作権で食えていないだろう。)

当時は自分の能力と社会がうまくマッチングせず、何をしてもうまく行かず物足りなかった。

25歳で西中島南方の歓楽街にある怪しげなビルにフラっと入り込んだ。そこではバブル紳士たちや元ヤクザの右翼活動家(兼 選挙活動員)、その他素性の知れない流れ者たちが怒号を張り上げながら督促していた。自分もバイトとしてそれに加わった。その会社はバブル期のディスコブームで財を成した外国人が愛人にやらせていた会社だった。平凡な日常から突如、映画小説漫画の世界から抜け出したような闇の世界に生きる魅力的な面々が登場する人生が幕を開けた。あの場所は自分にとって宮崎駿の「千と千尋の神隠し」の湯屋(神様、妖怪、魑魅魍魎たちが集まるお風呂屋)のようなものだった。あのときに、マーティン・スコセッシの映画「グッドフェローズ」の主人公のように、働くことはなんて楽しいのだろう、この世界はなんと魅惑に満ちている事だろうと確信して、一生働き続けようと思った。

その後、人生に一度はスーツを来て会社に行こうと思い働き始めた派遣会社で野心的な華僑の2歳年上の仲間と出会いビジネスをはじめた。その副業が、インターネットの広まりと共に凄まじいパワーで人生を上昇気流に乗せてくれた。だが、それは25歳の時に「絶対にそのような経験をしてやる」と誓っていた事だった。




以下のように、アドレスホッパーとして働かずに生きる事を希求した若者も、生活コスト削減求め移住先探しをした末に・・・

「極力働きたくない」渋谷系“漂流男子”夢は仮想通貨リタイア
https://www.businessinsider.jp/post-161544

「お金がかからないコミュニティーって結局仕事なんですよね」

と気づいた。




こうした事に早期に気づけるかどうかで人生は大きく変わってくる。

何も会社に入って誰かに雇われて奴隷のように働くばかりが仕事ではない。

どんな形であれお金になる仕事はあるし、作れる。

仕事を超える愉しみなど世の中にはないのだ。

人間に「バカの壁」があるとしたら、そこに壁がある。

だが、あまりに長期間、会社や職場に飼いならされる事に慣れた人は、意外とこの「仕事こそが遊び」という事実に気づかない。

同業者と情報交換する

5年ぐらい前まで大阪にいる華僑の友人と頻繁にスカイプで連絡を取り合っていたが、それ以降、私が他分野で仕事するようになったため、同業者との情報交換は今は皆無である。

ふと思ったが、それで普通に仕事で来ているのもよく考えればすごい。

たぶん、自分は、感受性が強いので、PC画面からの情報だけで奥の奥の事まで推理し読み取っているのだろう。




だけど、SNS等でもっと同業者と情報交換すれば、もっともっと伸びしろがあるのではないか?

とふと思った。




たとえば、私も嫁も、東京の中心部に住んでいれば、もっともっとビジネスの世界で羽を羽ばたかせているだろう。

今は山奥の山荘のPC画面の中に開いた小さな小窓から、市場にアクセスしているに過ぎない。

PCの小窓からしか世界を見ていないと言う事を時々は認識すべきである。