FC2ブログ


住環境の問題を『仕事』で克服する

ご近所問題等の住環境に問題を抱えている人は、家で気分よく楽しく暮らしているだけでも一歩外に出るたびに不快な気分になったりする。とりわけ閉鎖的な日本社会においてはそのような問題を抱えている人は多いだろう。



サラリーマンは、会社に出社すれば良いので、あまりそうした問題からは悪影響は受けないだろうが、自宅で仕事する人や主婦はそうした問題から悪影響を受ける。




私自身は急速にスラム化しつつあるレベルの低い別荘地でここ12年ほど暮らして(スラム化の悪影響を受けだしたのはここ4年ほど)、住環境の問題を自分にとってプラスに変える方法を思いついて実践している。

私が『単純作業』と呼んでいる分野の仕事だが、住環境に満足していた時代にはほとんどやらなかった仕事だが、4年ほど前から本格的に始め、今はほとんどそれだけで生活が成り立つぐらい安定したものになった。そして、その仕事に日々アイデアを注ぎ込む事でもっと大きな夢も見れるようになった。

その仕事自体はゲームのようなもので、ほとんど楽しみだけでやっていると言ってもいい。




毎日の生活で、何か自分にとって(精神的に)マイナスの影響を及ぼすものがあるなら、自分にとって毎日プラスをもたらす何かを始めてみるべきだ。

そしてそれは、自分にとって明確な利益になるものが良い。

「毎日、何かで得をしている」「今日はラッキーだった」と思えるような状況を自分で作りだすのだ。




そうした事を着実に実行し、成果を積み上げていくと、自分に関係の無いところでマイナスの事が起こったけれど、自分の領分内の事は4年前よりも着実に良くなっていると思えるから不思議だ。

自分の人生を鳥瞰視して「40代前半の一時期にマイナスの事が起こったが・・・・それによって自分の生活の中に一生涯糧をもたらす『金脈』を発見できた」というサクセスストーリーを描くことが今では明確にできる。




実際に世の中の多くの成功者は、このように環境のマイナス面をビジネスでプラスにした人々である。

人は環境がマイナスの影響を及ぼすような、明確な生活上の"危機"が現出しない限り、自らの能力に気づかないものである。"危機"こそがアイデアの源泉である。

デール・カーネギーはこの事をこう表現している。



「人生がしょっぱいレモンを与えたら、それを使って甘いレモネードを作りなさい」

"危機"はビジネスを膨らませるための種のようなものなのだ。




今ではこの環境で自分をどこまで伸ばせるか試行錯誤する日々が楽しくてたまらない。
またこの4年間を通じて自分が以前よりも強くなったと感じる。

逃げずに克服する事で、開ける世界もある。

ゲーム性のある仕事が自分に向いている

この2、3ヵ月、20代後半~30代前半の感覚・・・浮いているような感覚を取り戻せてきた。

浮いている感覚とは、空を飛んでいる夢を見たときの感覚。
自分と言う車のエンジンがこの上なくスムーズに動いて、車体がスムーズに前進して加速して行く感覚。

この感覚は30代半ばに喪失して、30代後半に少し取り戻し、40代前半に完全に失ってしまったものだった。




これを取り戻せた理由は、時流に乗った単純作業の仕事に立ち戻った事にある。

そしてこの仕事はゲーム性があり、寝る瞬間までやっていたいと思い、朝目覚めるとすぐにデスクに向かいたいと思う。

思い返せば、過去に一番うまくいっていた仕事のパターンはこれなのだ。

・単純作業であること
・ゲーム性がある
・一度仕組みを作ると倍数的にスケールを拡大して行ける




自分には他にも才能を生かせるライフワーク的仕事がある。30代後半を費やしたこの難解な分野の仕事では数か月ごとの停滞に陥っていた(そのかわり一旦作品を生み出せば永続的な著作権料につながるメリットがある)。

だが、今取り組んでいる仕事は停滞と言うものが無い。いや、まだ停滞に達するほど鉱脈を深堀していない。まだまだ先があるのだ。

このゲーム的な仕事の方法を難解な分野の仕事にも取り入れて、すべてを単純化パターン化して繰り返せば、すべての仕事がゲーム性のある仕事となり、停滞を経験することなく延々と前進して行けるのではないか?

おそらくどんな仕事の分野の成功者も、仕事内容を分割し単純化して、ゲーム的に停滞なくこなしてゆく域に達する事が出来た人々なのではないか?

これが自分に向いた仕事のやり方なのではないか?




ここ数か月の前進と上昇の感覚を途切れさせずに、行き着くところまで極め切ってみよう。

一発屋的に燃え尽きるのではなく、パターンを見極め、仕事スタイルとして確立させるのだ。

知らぬ間に、20代後半~30代前半の黄金時代の感覚が取り戻せている・・・・毎日が楽しくてたまらない。

時代のせいにしない ~ 心の持ち様で世界は変容する

2000年代初頭は、いわば高度成長期の日本の経済敗戦の年(1945年)である。
わたしは当時、督促のバイトをしながら人生を模索していたが、一緒に働いていた人は稼げない営業マンだったり、破産したバブル紳士であったり、仕事がなくなった建築事務所経営者だったり、九州から落ち延びてきた元ヤクザの右翼活動家だったり、なんというか・・・・バブル崩壊の残骸のような場所から世間を眺めていた。今思うと不思議だが、私は督促部隊のチームリーダーとして、バブルが生んだ有象無象の人々に督促の口上を教えていたのだ。

私が当時住んでいた場所も、戦後の焼け跡に出来たバラックの延長上のような線路際の街で・・・よけいに日本経済の没落を感じた。

あの不況の極のような時代にあっても、今から思うと・・・なんと未曾有のチャンスがそこかしこに転がっていた時代だろうと思う。

私の一人暮らしのワンルームマンションの近くにはバイト先で知り合った河原崎君と言う友人がおり、その友人は月2万のアパートに住んでいたが・・・彼が西中島南方の小さな会社に移って、ごく初期のインターネットビジネスに関わっていた事を思い出す。私がインターネットの仕事に関わり始める3、4年前の話だった。

河原崎君は悲観的な青年で、家庭環境が悪かったことなどいつもグジグジと文句ばっかり言っていた。一方で私はというと、根拠はないが・・・自分には成長余地がまだまだあるという確信があった。瞳はいつも明るい未来を見つめていた。私は彼に一緒に何か商売をはじめないかとおもちかけたが、彼はあまり乗り気ではなかった・・・・。




どんな時代においても、衰退の極にある場所と成長の曙光が見え始めた場所がある。つねに光りある場所はどこかを見出す行動を続けてることが重要である。

悪い時代に見えても、すべてが悪いわけではない。つねにチャンスは芽生えているのだ。

悪い時代と思って世間を眺めるのと、未曾有のチャンスが転がっていると思って世間を眺めるのとでは、チャンスを発見する確率が大きく変わる。心の持ち方ひとつで、世界の見え方が大きく変わるのは真実である。




ここ数か月、仕事のスタイルの一部を、『世間から運気を取り込むスタイル』へと変えた。
そのことによって、いくつものニッチを日々発見するに至った。

チャンスを発見するための探索能力も日々向上している。
「推理力」がモノをいう世界である。私は長年犬を飼っているだけあって鼻が効くようだ。

毎日1個見つけられる程度のニッチなチャンスを日々発見する習慣は、精神衛生的にすごくいい。
チャンスで溢れた世界だと思って世界を眺めると、見えている世界の彩度が増す。

日常生活に視点を置かない


いまでも時々読み返す、ユダヤ系トルコ人の実業者の99歳のお爺ちゃんが孫に語った、成功する人生の習慣・心がけのようなものが書かれた本。



人生の長期計画は立てるな ~ 明日のランチの心配をしろ
http://bessousaisei.blog.fc2.com/blog-entry-102.html

にも書いたが、このおじいちゃんは、84歳になってからも一つの大きなビジネスを立ち上げて、その会社が日東電工に買い取れるぐらい、数限りないビジネスチャンスをものにしてきた人なのだ。




このユダヤおじいちゃんと、武田邦彦氏の話には似た点がある。

●人生の長期計画は立てるな ~ 明日のランチの心配をしろ BY ユダヤおじいちゃん
●目標はつねに後にある BY 武田邦彦

武田邦彦氏は、「家を建てると決意しても、どんな家を建てるか決めない。一生懸命お金を貯めることに集中する。その結果、貯まったお金で買える家を買えばよい。」と言う。

ユダヤおじいちゃんもまた、プライベートライフに関しては長期目標不要論者である。ビジネスのカンや意欲を鈍らせるからだ。



日常生活の視点でワープは不可能だが、ビジネスではワープは可能

老後のために毎月コツコツ節約して5万円を貯めて、10年後には崩壊寸前になっているであろう別荘地から、都会に近い場所に引っ越そうなどと計画を建てて、実際そのとおりの事が容易だろうが・・・そうした考えを持つと、自分の成長力に悪影響を及ぼす。

一方で、ビジネスの成長力というものが、節約などのミクロ的な努力など一瞬で吹き飛ばすほどの成長力を持ち得る。一つの仕組みを見つければ、倍化し何十倍、場合によっては何百倍の規模に拡大する事も可能だからだ。

ビジネスにおいてはワープというものが可能なのである。

それも、遠い将来の話ではなく、数か月後、1年以内といったスパンでそうした状況を現出するアイデアが多々ある。



日常生活に視点を置いた世界観はビジネスにとって有害

日常生活に視点を置いて世界を眺めてはいけない。

それよりも、自分のビジネスをどのように膨らませるか、やりようによってどれだけの規模に拡大できるかに視点を置こう。

日常生活でワープは不可能だが、ビジネスではワープが可能。

ビジネスでの成功は、日常生活における不安や不快さを吹き飛ばすパワーを持つ。

たとえば30代だけで見ても、ワープの波に何度もうまく乗ったし、乗らずにやり過ごしてしまったワープの波も何度も訪れた。
これからも、そのようなチャンスは巡ってくるのだ。

運は常に多めに巡ってくる

自分は現実世界を厳しめに見る習慣がある。

自分に運が巡ってくる確率を実際の半分以下に見積もっている。

なので何かに真剣に取り組むと、予想外の幸運に巡り合うことがとても多い。

これは逆の見方をすれば、つねに需要を少なく見積もりすぎているという事。

もう少し自信を持って、大きな需要を期待しても良いのだ。



アクセルを少し多めに踏む

この状況を冷静に見て、自分の感覚よりも若干アクセルを吹かして物事を運べば今よりも良い結果が得られるかもしれない。



取り入れるべき二つの精神的な習慣

矛盾しているように見えて、以下の思考習慣を取り入れる事は世界をより良く生きるために必要。

①世の中は自分が若干損していると考えるぐらいが適当(自分がフェアに扱われている状態)。
 なぜなら、人は自分を依怙贔屓してみる習性があるからだ。

②同時に、悲観的な思考の人の場合は、自分に巡ってくる幸運を多めに見越して行動することが重要。
 幸運を見越して行動しないとそれを取り逃してしまう。

つまり、外部環境に関して損をしているなと感じる事が日常生活であったとしても、仕事等における運気は、自分が想像以上に多く巡ってきているという事。



小さな運気を取り逃がさず、大波を待て

外部環境でイライラせずに、自分に次々に巡ってくる運気を取り逃がさないように、そちらに注意を払っておくべき。
小さな運気の波を取り逃がさないように行動しておけば、いずれ運気の大波が来る。