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エセックス・ボーイズ

「キングオブギャングスターズ」「キングオブギャングスターズ2」という2本の英国発のギャング映画を見た。

"エセックス・ボーイズ"と呼ばれ、1980年代~1990年代の英国のドラッグシーン(クラブを中心にした薬物蔓延)の英国地方都市エセックスにおける中心人物たちの物語である。

彼らはいずれもサッカーのサポーター(フーリガン)上がりの暴れ者たちだった。


「キングオブギャングスターズ2」の主人公パット・テイトの在りし日

ヤクザ映画と言えば、日本のヤクザ映画とフランスのフィルムノワールである。

それぞれに民族性を反映している。

日本のヤクザ映画はとにかく陰湿。異様に我慢する。とにかく仲間同士で裏切るし、警察にチクる。

一方、フランスのヤクザ映画は、エゴ(己の意志)が強い。密告しないという事が掟。ヤクザ者であることに誇りを持っている。

一方で英国のヤクザ・ムービーの特徴は、"腕っぷしが強い奴が偉い"というおバカなほどの単純さがある。
そして、悪名高いと呼ばれるギャングなのに「ピストル持ってたら警察につかまるぞ」みたいな妙にお上の言う事をよく聞くところがある。
随所に子供っぽさ滑稽さがあるのだ。

英国は階級差がはっきりしているので、労働者階級という枠において"頭カラッポだけど腕っぷしで生きる"という昔ながらの乱暴者の生き方が許されている部分がある。ギャング自身もその枠を出ないのである。

たとえば有名なクレイ兄弟なども、公営住宅に住んでいた。高級車を乗り回せるほどの勢力を持った後も、日本でいう団地から暗黒街に出勤するのだから面白い。




映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」と悪党ディック・リディルの生涯

以前にもこの映画の感想を書いた。

映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」
http://bessousaisei.blog.fc2.com/blog-entry-136.html

最近、ジワジワとこの映画の良さに気付き始めて珍しくもう一度全編を通じて見た。

また寝る前に、よくこの映画を見てその世界に浸っている。




ジェシー・ジェームズを描いた映画といえば淀川長治の日曜洋画劇場で何度も放映された「ロングライダーズ」が有名だ。
この映画は中学生以来、何十回も見ている。

ライ・クーダーの美しいアコースティックギターを主体としたサウンドトラックもこの30年間聴き続けてきた。

だが、この2007年のブラッド・ピットの映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」はそのリアリズムにおいて際立っており、ウォルター・ヒルの「ロングライダーズ」がおとぎ話に思えるほどだ。




ジェシー・ジェームズの生きた時代、金庫を狙う事を生業にするアウトローは金儲けのエリートだった。

ジェームズ・ギャングは、南北戦争のゲリラ戦で培った人脈とスキルで繰り返し銀行や列車を襲った。彼は当時の人々の尊敬を集めていたカリスマ的な人物だった。

黒沢明が「影武者」を描いた時、戦国時代を生きたカリスマの巨大な影を描いたが、映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」もまた、ジェシー・ジェームズと言うカリスマの巨大な影を描く。

1880年代にはジェームズ・ギャングのほとんどのメンバーが逮捕されるか殺されて、ジェシー・ジェームズは小説の中の寓話と化していた。

だが、ジェシー・ジェームズは生き延びていた。彼は、南軍ゲリラの生き残りのようなプロをもはや仲間にはせず、もっと陽気で軽薄で夢想的な若者たちを仲間に加えていた。




私がこの映画でもっとも興味を覚えた人物はディック・リディルである。

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出展:https://en.wikipedia.org/wiki/Dick_Liddil

幼少期よりジェシージェームズの小説を愛読してジェシーに憧れるボブ・フォード。ロマンチストで女好きのリディル。この2人の友情が、やがてジェシージェームズ謀殺へと発展して行く。




ジェシーというアメリカ史のカリスマを暗殺したボブ・フォード。
彼は、短期の名声を浴びた後、一転してアメリカ国民からの罵倒を浴びた。
兄ロバート・フォードは精神を消耗して自殺、ボブ・フォードもまた流れ者のアウトローに暗殺される。
(ボブ・フォードを暗殺したアウトローも出所後に警官との撃ちあいで死んでいる。)

リディルは、ボブ・フォードと共に酒場を経営するなどした後、有能な馬の訓練士となり、やがて訓練所の経営者として成功した。1901年に心臓発作で死亡。




伝説的なジェームズ・ギャングの最後のメンバーだったボブ・フォードはブロードウェーの人気役者となりその後、酒場を経営して最後は暗殺された。

同じくジェシー謀殺のメンバーだったアウトローのリディルは、馬の訓練士として1901年まで生きた。

新選組の斎藤一が女学校の事務員として働き長寿を全うした事に同じぐらい興味深いエピソードだ。



映画「ウォーロード/男たちの誓い」 ~ 人類は虚構を作り出す事で・・・

最近聞いた話で興味深かった事。

人類=ホモサピエンスはアフリカで生まれ、全世界に分布した。人類は、臭いに敏感で、自分たちと違う臭いのするヒト属(ネアンデルタール人など)を嫌ったとそうだ。ゆえに、ホモサピエンスに侵略された土地では、別種のヒトとことごとく対立。ネアンデルタール人のような、時にホモサピエンスよりも勇敢で聡明なヒト属を絶滅に追いやって行った。

ホモサピエンスは頭脳が大きい事で、他のヒト属と違い「虚構」を作り出す事が出来たと言う。「虚構」とは、宗教やプロパガンダとでも呼ぶべきものだ。

「虚構」によって、人は、類人猿やネアンデルタール人が作る群れ(100頭程度が限界)よりもはるかに大きな群れを作る事が出来たと言う。




映画「ウォーロード/男たちの誓い」を見た。ウォーロード=軍閥の意味。映画の原題は「投名状」。投名状とは義兄弟の契りの事。

19世紀半ばの中国における太平天国の乱を背景に、「山軍」という貧しい農民を中心とした兵士で成り立つ軍閥を率いた3人の義兄弟の物語。

義兄弟の契りや任侠道、仁義といった「虚構」こそが、三国時代を生きた英傑たちの時代から変わらずに、乱世に覇をとなえる男にとって不可欠な手段だった。「虚構」が「虚構」を生み、山賊100人の義兄弟の契りからはじまった「山軍」はやがて何万人の規模に拡大し、3人の義兄弟は英雄となり天下を動かすような存在になる。

第二次世界大戦と同じ規模の死者・餓死者を出したというこの内乱の規模の大きさに最初から最後まで圧倒され、またあらためて、日本の歴史とは比べ物にならないほどスケールがデカい近代中国史に興味惹かれた。

創造的な人間は邪悪になる


スタンリーキューブリックの映画「2001年宇宙の旅」の冒頭で、サルがあるとき骨をこん棒として使う事を覚え、それを空に投げると人口衛星に変わるというシーンがある。

本能で生きていた生物が、創造性を得た瞬間を描いた象徴的なシーンである。

一方、古代ギリシャの神話にはプロメテウスという神が登場する。ゼウスは、人間が争い合う事を危惧して、人間に火を与える事を禁じたが、プロメテウスは自然の猛威になすすべもない人類を哀れんで人間に火を与える。そうして人間は戦争に明け暮れるようになる。




リドリースコットは、SF映画の古典である映画「2001年宇宙の旅」をその感性と知性で咀嚼し、映画「プロメテウス」・「エイリアン・コヴェナント」という傑作映画を生み出した。

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死の島 (ベックリン) ※「エイリアン・コヴェナント」に、この絵画にそっくりの霊廟が登場。

この映画は、上質のエンターテイメントであると同時に、哲学的な意味でも「人類の起源/進化」や「ロボットの反乱」に対する整合性のとれた独自の解釈を示す知的にも楽しめる映画なのだ。




この2本の続き物の映画の中で、もっとも印象に残ったのは、「創造的であること」に対してリミッターが無いロボットが、どんどんと創造性を発揮して、人間を裏切り、人間やエイリアンのDNAをいじくってより完璧な生物を生み出し、また時には一個の文明を破壊することに詩人バイロンやワーグナーの芸術が持つロマン主義的な高揚を感じて感動に浸ったりする事だ。

「創造的なロボットは邪悪になる。」・・・・創造的な人間もまた邪悪になる。




世界中に残る神話にはトリックスターという概念がある。トリックスターはいたずら好きで、秩序や道徳など無視して好き放題に生きる。その結果、タブーを侵して歴史を変えるほどの変革を社会にもたすのである。

古代ギリシャ神話のプロメテウスはトリックスターの典型と言われている。

日本社会が他の先進国に比べて恐ろしく自己変革力が無いのは、このトリックスターのような存在がいないからだろう。
トリックスターのいない世界は変化しない。変化の無いかわり平和がある。外から見ればそれは奴隷の平和かもしれないが、それでも平和が良いと日本人は思う。

欧米では、創造的な人間は邪悪をいかんなく発揮し、企業活動などもドラスティックに変わり、負け組は瞬時に大量殺戮され淘汰されてゆく。創造的な人間たちによって火を与えられた人間たちは、火を使って旧世界を破壊することを恐れない。

映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」

ブラッド・ピット主演の映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」を観た。意外にも出来の良い映画で驚いた。

アメリカ合衆国の大衆文化史におけるジェシー・ジェームズは、新選組の土方歳三のようなアンチ・ヒーローであり、とても人気がある。そのキャラクターの持つカリスマ性は、西部のガンマンの中でも突出していると言える。

その背景についてちょっとだけ書いてみたい。



ジェシー・ジェームズとその時代

ジェシー・ジェームズと兄のフランク・ジェームズは、南北戦争において、ウィリアム・クァントリル率いるクァントリルズ・ライダーズという南軍のゲリラ部隊に身を投じる。南軍の苦しい戦いと、南部共和国の敗戦を通じて、ジェームズ兄弟はプロの犯罪者として生きる道を選んでゆく。

彼らは、決して同時期の西部のならず者たちのように、自暴自棄で犯罪に走った者たちではない。将軍クラスの軍人を含む元南軍ゲリラのコミュニティの中で生き、家庭人として家族を大切にし、紳士として周囲から尊敬を集めながら、遠出してはヒットアンドアフェー方式で強盗・殺人を行い糧を得ていた。ジェームズ兄弟とヤンガー兄弟の強盗・殺人は、犯罪であると同時に、戦争継続主義者(敗戦を認めない南軍ゲリラ)の抵抗運動や復讐行為の側面もあり、多くの南部の民衆に支持され支援されてもいた。




ジェシー・ジェームズに関しては「ロングライダーズ」という名作映画が過去に作られている。「ロングライダーズ」は、ライ・クーダーの音楽が素晴らしい。ストーリーも単純化されよくまとめられている。

 一方、「ジェシー・ジェームズの暗殺」は、以前作られた「ロングライダーズ」などよりも、より史実に即した形でリアルにジェシー・ジェームズを描いている。他の映画よりも優れていると思える点は、ジェシー・ジェームズが以前の映画が描いたよりも現代に近い時代に生きていたこと、現代の郊外住宅地のような場所で偽名で家庭生活を送っていた事などを描いている点。晩年のジェシー・ジェームズは、西部のガンマンと言うよりは、都会のマフィアやギャングに近い。

実際に、口封じに昔の仲間を殺して行くところなど、マフィアそっくりである。

スコセッシの映画「グッドフェローズ」でデニーロが演じた、実在の空港強盗&殺し屋のジェームズ・"ジミー・ザ・ジェント"・バークは、自分の息子を"ジェシー"と名付けて、ジェシー・ジェームズを尊敬していたそうだ。そして、バークもまた、ジェシー同様に、口封じに昔の仲間を殺しまくる冷酷さを持っていた。

ジェシー・ジェームズの孤独、冷酷、得体の知れなさ。そして、ジェシーが死ぬ瞬間まで発していた、殺気・迫力、カリスマ性、そういったものを、この映画はよく描いている。