愛することができる町

ポーの短編小説集「グロテスクとアラベスク」の現代的解釈とでもいうべき、クライブ・バーガーの小説「血の本」シリーズ。中学生の時にはまったホラー小説だ。

バーガーの小説を読むと、今でも想像力が羽ばたく。「夢の中」という短編小説。砂塵の荒野に、殺人現場が切り取られ無造作に並べられる殺人者が住む町。その白黒の町の光景。鮮明な夢のようにその町の姿を想像できる。

町というものは、中学生のころから、自分にとってもっとも感受性を刺激するものであった。散歩をしていて、雑木林の中の小道を抜けると、突然ビル街が現れ、人が誰もいないガランとした通りが続いている。自宅周辺でそのような場所を見つけた時の心の高揚感。

大人になるにつれて、神戸の北野坂という、ぽっかりその場所だけ異国の空気が漂う、魔法のような空間を見つけて、自転車で毎月のように通い詰めて、その場の空気を吸い高揚感に浸った。海外では、中学生の時に訪れたヴェネチアの旧市街に魅惑され、20歳の時にもそこを訪れて感動に浸った。

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今、同じように高揚する場所を近隣に見つけることができた。赤穂城周辺だ。これからもっともっと、この魔法のベールに包まれた場所で過ごす時間を増やしたい。

不思議な事に、犬たちも自然ではなく町が好きだ。別荘地では数分でも散歩を拒否する11歳のオス犬も、町につれてゆくととたんに夢中になって何時間で散歩し続ける。町には、そこで暮らす人々の人生のさまざまな記憶が折り重なっている。犬は臭気を通じて、その場所の奥深さに魅惑される。私が歴史ある町が発する深みを求めるのと同じぐらい、犬たちもその深みに夢中になっている。

昔、20代後半に仕事中毒がたたって肺炎で入院したとき。姉が「ハンニバル」という小説を差し入れてくれた。その小説の中で、レクター博士は、その学識・教養を満足させうる年輪を刻んだ町としてフィレンツェを選び、その歴史ある教会の図書館に司書として紛れ込む。人には、人それぞれその人が住むべき町がある。

楽しすぎる夜の赤穂散歩

自宅の近くに、心躍る場所が2か所ある。

赤穂城周辺と、播磨科学高原都市である。いずれも自宅から車で30分。

前者は、お堀が魅せる夜の風景がファンタスティック、後者は、人工的な公園の中に安藤忠雄の建築が散在する無機質的な美の空間。この2か所をもっと散歩して、心をときめかせることにしようと思う。

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昨夜は、久々の夜の赤穂城周辺散歩をしたが、犬たちの喜び方が半端なくて、自分も完全に時間の感覚を忘れてしまった(完全、IT断捨離)。

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夜の赤穂駅前通りのワクワクする雰囲気に触れていると、将来は、ここに犬関連の雑貨を売る小さなお店を持ってそこの店主をしながらデスクワークができたら楽しいだろうなとかいろいろと楽しい計画をめぐらすことができた。

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かつての大阪の実家の周辺が持っていたおおらかさ、豊かさがまだ赤穂には残っている気がする。
夜のお城と、工場の明かりの織り成す風景が、まさにワンダーランドといった感じ。

イギリス・ウェールズのカーディフが姫路だとしたら、赤穂はアヴァガベニーあたりだろうが。
小ぶりだが、歴史に根差したどっしりとした風格があり、観光資源としても誇れる立派なものがある。

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本日、山荘は雪景色。昼から薪ストーブを焚いている。
今年の計画を本格的に始動してゆかねば。

旅行しないとバカになる

最近、ドライブしていて素晴らしい場所を見つけた。
伊勢のパールロードとも共通点を感じる、Coccoの歌の歌詞に
出てくるような、午後の光に照らされ、物憂げにまどろんでいる
だだっぴろい景色。子供の頃に見とれた風景と重なる。
心の原風景。

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竜野の某海岸

トンネルを掘りフランスのジェネラルソシエテ・ニース支店の貸金庫を
襲ったことで有名なアルベール・スパジアリの「堀った奪った逃げた」
は素晴らしい書物だ。



一生のうちに巡り合える本の中でも指折りの宝石のような世界が
そこに広がっている。

スパジアリは、フランス内のイタリア移民として屈折した幼少期を
送ったのち、フランス外人部隊に入隊し、インドシナ、アルジェリア
の2つの戦争に従軍して、フランスの植民地戦争のなかで青春を送った。

そしてフランス軍内の反ドゴール秘密結社、OASに参加したことを
通じてスペイン~南米~日本にまでに広がっていた冷戦下の極右の
テロリスト・ネットワークに身を投じる。

そして、チリのピノチェト政権の秘密警察の協力員として働く傍らで、
世界を揺るがした銀行強盗を企画立案し実行する。

「堀った奪った逃げた」には彼が銀行強盗に至ったまで背景、
人生観、世界観、政治観(1950年代~1970年代のフランスの
時代精神そのもの)が言葉の端々から読み取れる。

彼は言う、「たまには奮発して、バカにならないために旅行にもいった。」
「中古のランドローバーでサハリ砂漠を旅した時、飢えたトゥアレグの村に
食料を運ぼうとしているフランス軍の老軍曹に出会ったっけ。」などという
ドラマチックな記憶が綴られる。

『たまには奮発して、バカにならないために旅行にもいった』という
言葉が妙に記憶に残った。そう、人はいくら想像力をはためかせても、
たまには物理的に移動して知らない場所、ふだん行かない場所に
行かないとバカになってしまう。これは真理である。

最近、週に3日は妻とドライブに行くようにしている。

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歳を重ねるうちにもっと外出が増えるだろう。
いずれ、週に1度は姫路や三宮に泊まって食べ歩きをしたいと思ってる。
買い付けに海外に旅行にも行くだろう。

最近、地元の地方紙を読んでいると、
私が住んでいる別荘地で自治会が作られたことが記事になっていた。
ここの事とは関わらないようにしよう。考えないようにしよう。

自分の敷地だけは聖域であり守られていると思い描き、
その周囲は別の国の話と考えよう。世界は広いのだ。
せめて精神だけは、希望などまったくない山間部の
暗く陰鬱な別荘地から出て、広く明るい世界を旅しなければいけない。

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週2回通う事にしたWAKEキッチンはクリスマスのイルミネーションになっていた。

母親と食事

ひさしぶりに母親が近くに来たので、相生の「縁粋」で食事し、
「だるま珈琲」でお茶してきた。

お粗末な別荘地の住環境や周辺地域の荒廃を含めいろいろと
母親には心配をかけていたが、わたしの肌つやと血色が良く、
元気そうなので安心してくれたようだ。

いろいろな話をしたが、老人になるといろんな箇所が悪くなるので、
若い時から歯などを大切にしておかなければならないことなど
口うるさく言われた。

キューバ旅行に行ったそうだが、
チェ・ゲバラの歩んだ土地かと思うと、タラップを降りる途中
感動して涙が出たが、街を歩くと物乞いだらけで、憧れが
幻滅に変わったと。

キューバというと貧しくても生き生きしているというフレーズで
語られがちだが、単に価値が高いドルがほしくて観光客に
笑顔を作ってるようにしか思えなかったと。欧米からの観光客
がすごいが、欧米人がキューバ人に先んじて宿泊ビジネスに
参入しているため、観光人気の恩恵でキューバ人が必ずしも
潤っているわけではないようだ。

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上郡町 千種川ぞいの河川敷公園

夕暮れ散歩のときに見た夕暮れ。
自分は、好きな町と自分の日常が一体になる瞬間に幸福感を感じる。

現実なのか夢なのかわからない風景




それは10月の寂しい夜更けであった
私のもっとも忘れがたい年の・・・

場所は闇につつまれたオウバー湖のほとり、
霧に包まれたウィア地方のただなか・・・

場所はオウバー湖のほの暗い水辺、
ウイア地方の鬼がうろつく森林地帯・・・

(エドガー・アラン・ポー 「ユラリューム」)

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兵庫県上郡町苔縄

超常現象の類はいっさい体験したことがないのだが、現実なのか夢なのかわからない風景の記憶がある。

場所は現実に存在する。それは高野山の山院である。

そのイメージの中で私は小学生だ。
青い夕暮れ時に山中に開けた墓地の石畳を私は歩いている。
開けた墓地を樹齢数百年の太い杉林が囲んでいる。
苔むした石造りの壮麗な空間は、非現実的なほどの美しさをたたえている。
ところどころに小さな橋があり小川が流れており、空気が清らかである。
墓地の中ほどにお堂があり、そこだけ明かりがありゴッホの絵のようなオレンジ色の光がボウっと輝いてる。
中からは線香のかぐわしい煙が漂ってきている。
静かに響いてくるお経の声に、心がとても静まるのを感じる。

高野山は子供のころ、親戚のオジサンに連れられて行ったことがある。
おそらくその時の記憶が、非現実的なまでに美しいものに脳内変換されているのだろう。
中学生のころぐらいまで、空想の世界に旅立つのが好きだった。
今でも散歩しながらいろんな空想をめぐらすのが楽しい。

当時、自分にインスピレーションを与えてくれた存在はポーの詩と短編だった。

エドガー・アラン・ポーは、その豊かな想像力をアヘンの力で増幅して、人々が見たこともないような異郷の数々を垣間見たのだろう。ポーの作品は単なる言葉遊びではなく、彼自身が目撃した世界を文章化したものであることがはっきりとわかる。



ポーの詩や短編の極彩色のビジョンは、19世紀のボードレールによる発掘以降、多くの芸術家(詩人・画家・小説家・音楽家・映画監督)にインスピレーションを与えてきた。ルキノ・ヴィスコンティもポーの「長方形の箱」の映画化を模索した時期があり、黒澤明も映画「デルスウザーラ」を撮影した後に、ソ連のバックアップでポーの「赤死病の仮面」の計画を温めていた。

だが、命の危険を冒して異郷(クライブ・バーガーの小説におけるフーガ"綺想卿")へと数々の旅をしたポーは、しだいに精神を侵され40歳で生涯を閉じた。

空想の世界にあまりに魅入られた人間が想像力を制御できなくなった時、それに取り殺される。これはホラーの世界の話ではなく、現実に起こることなのだ。たとえば薬を使わなくても、意図的に過呼吸状態を作り出してビジョンを見る方法や、想像力を訓練して夢の世界の産物を、現実の世界に引き出すような想像力増幅の訓練法(「実践カバラ」という大学準教授の本に詳しい)まである。それらの行き着く先はみな同じである。



死の恐怖を顧みずに、リミットまで想像力を増幅させたポーは今でも創造を志す人間のヒーローである。ザ・ドアーズのジム・モリソンのような追随者が後を絶たない。