FC2ブログ

月に何度もやってくるクララとのお別れ

昨晩も危篤状態(だと私たちが判断した)クララとの涙のお別れ。クララが大好きなドライブをして終わりを迎える事ができれば本望だろうとおもい夜ドライブ。その後、クララの状態が落ち着いてきたので一晩様子を見ると、クララの状態がやや戻っている。食欲も。

何度も今際の時が来るのはクララも苦しいだろう。高度な治療を続ければクララは強い犬なので末期状態でも食欲を保ちなんとか生き延びる。飼い主と過ごせる喜びもあるだろうが、徐々に悪化していく病状を末期状態まで味わう。現代の終末医療のかかえるジレンマは、動物医療についても言える。野生動物なら数か月前に1日2日の苦しみで逝っている。はたして本人にとってどちらが良いのか悪いのかわからない。世話する方も苦しい。時に夫婦で意見の違いで論争になる。

でも確かな事は、4か月の介護を経験して良かったと思う。一つの生命を最後まで支えきる事が、大人2人をしても、こんなに大変な事だとは。もっと若くして病気や障害を持ち、その状態で10年近くも生き続けている犬もいる。その飼い主の苦労たるや、わたしたちの4か月の比ではないだろう。

犬を飼う事を舐めてはいけない。軽々しく「犬を飼いたい」と思い、最後まで自分で面倒を見切れるなどと思ってはいけない。

ここまで来たのだから後悔はしないし、先はもう長くないのだからやりきるしかない。クララが苦しまずに逝く事を願いつつ、日々やるべきことをやり続けるだけだ。

またクララの介護は、私自身の死生観にも影響を与えた。過去に飼い犬の死を3度経験しているが、今回ほど元気な犬が弱っていくところを長期間に渡って刻々と眺めた経験はなかった。私自身が老後や人生の再末期をどう生きればよいのか、が見えてきた気がする。

クララの介護を通じて「残りの人生を、自分のやりたいようにやろう、自分の生きたいように生きよう。そうしないと後悔する。」と強く思うようになった。クララとの日々は、私自身にとっての「子育て」でもあるのだ・・・。

クララの驚異的な生命力

ロングヘアード・ワイマラナーの愛犬のクララが、余命宣告3か月と言われて3か月が経った。

胸水・腹水は2日おき(3回に一回は三日おき)に抜いている関係で、筋肉のたんぱく質が抜けて後ろ足は補助が必要になったが、食欲だけは未だ衰えず、今日も朝から「ボールで遊びたい」「ボールを投げろ」とせがまれて、ボールを投げると空中でキャッチ。

お医者さんによれば、「いつ食欲が無くなってもおかしくない」そうだ。(食欲が無くなる=衰弱死を意味する。)

だが、そう言われて2か月が経過。

血管肉腫という病気が病気だけになるだけ苦しまずに最期を迎えられたら良いと願っているが、本人が「食べたい=生きたい」「遊びたい=生きているのが楽しい」と思ううちは夫婦で全力で応援してやろうと思っている。

View this post on Instagram

2018/10/31 今日のクララは…本当に血管肉腫なのか?と、疑いたくなるほど絶好調でした😆👍 . ①眠いバンビと遊び足りないクララ ②自力でお座りも出来たよ ③診察前のドキドキクラちん ④調子良くて車の中でもお座り . #weim #weimlove #weimstagram #weimaraner #weimaranerlonghaired #studiobambi #スタジオバンビ #ワイマラナー #ワイマラナー姉弟 #ニコイチ #ニコイチ姉弟 #ツーショット #ワイマラナーロングヘアード #シニア犬 #シニア犬12歳 #シニア犬11歳 #シニア犬との暮らし #老犬 #大型犬介護 #クララ闘病記 #今が幸せ #闘病犬 #癌 #血管肉腫 #血管肉腫なんかに負けない #余命宣告なんて吹っ飛ばせ

Weimaraner🐾Bambi & Claraさん(@studiobambi)がシェアした投稿 -




※左に少し見えてる白い管は、酸素発生器のチューブ。

クララが元気な時は、クタクタになるぐらい十分な散歩を一日も欠かさずしてやったし、食事は妻の手作り食で、エゾ鹿の生肉など人間の食事よりも栄養たっぷりの食事を毎日与えていた。

重い病気になっても、一日も食欲が衰えた日が無いというのは、クララ本来の生命力の強さにプラスして、こうした良い習慣を蓄積した結果ではないだろうか?

幸せな時間の記憶

今は他人の手に渡ってしまった実家の記憶・・・。
玄関から庭への垣根脇の細い通路は夏でもひんやりしていて、犬と子供だった自分はよくそこで時間を潰した。穴を掘るとその中がヒンヤリしているので、その当時の飼い犬だったシェルティーのトコが、私がスコップで堀った穴に鼻を突っ込む。その通路は、2代目の飼い犬のイングリッシュゴールデンのルークが夏を過ごす場所にもなった。共働きの両親はせわしなく働き、笑ったり怒ったり喧嘩したりしていたけれど、私に幸せな記憶を作る時間と場所を与えてくれた。

私が大人になって購入した山荘。バンビとクララという2匹の犬のために私たち夫婦はそこに住んだ。北海道から狭いクレートに入れて里子として送り出されたクララは、私の山荘に来た日、やせ細り疲れていた。凶暴で行く先々で犬や人を噛んできた彼女だが、その外面とは裏腹に、飼い主に対して無償の愛を捧げる内面を持つ心優しい犬だった。他の飼い主にもらわれる予定だったクララと数時間過ごして、どうしても私たちが飼ってあげないといけない犬だと思った。私と妻以外のあらゆるものに警戒心を抱く彼女は、この静かな山奥の山荘でしか飼えない犬だった。

そんなクララも、山の中の静かな生活に慣れて、家に安らぎを感じ、そこで静かな時間を過ごす事を楽しむようになっていった。とても美人で身体ががっしりして頑強な犬で、いつのころから私の事を愛情の眼差しで見つめて、頬っぺたを舐めてくれるようになっていった。

毎日散歩した。夏も冬も雨の日も。平日も休日も彼らと何時間も散歩した。
私は若く、犬たちも若かった。運動靴はすぐに擦り切れ2か月ごとに買い替えが必要だった。
私自身はその間、人生な様々な物事に翻弄され、そのたびごとに浮かれ喜び怒り悲しんだが、犬たちを100%満足させるためにたっぷり散歩する事だけは欠かさなかった。突発性の疾患で激痛の時や、めまいで世界がぐるぐる回っている時でも犬たちの散歩に行ったっけ。犬たちはクタクタになるまで散歩すると、その夜はグッスリと眠り、次の日も朝散歩とご飯の後は、夕方の散歩の時が来るまで幸せな夢を見るのだ。

今もそのサイクルは変わらないけれど、運動靴が擦り切れる事はめったになくなった。ふとした時に犬たちの老いを感じ、あの輝かしい日々がいかに幸せだったかを思い出す。

当時は、仕事や日常生活の色んな事でてんやわんやで、犬たちの引っ張る力も暴力的に強く、毎日が必死な日々。それを幸せだなんて感じなかったけど、犬たちが若くエネルギーに溢れていた頃の記憶を思い出すと、あの時代が私も犬たちも青春だったんだ、と思う。無いものねだりの私は、幸せな日々を「幸せだ」と素直に受け入れる事がその時は出来なかったのだ。

妻などはずいぶん前から毎年毎年を「今年が2匹で散歩できる最後の年になるかもしれない」と思って生活しているのだと言う。




5年後、10年後には間違いなく、バンビとクララと過ごした日々は、人生最良の日々だったと思い返すであろう。彼や彼女の人生は、すでに過ごしてきた十数年よりははるかに短い期間しか残されていない。そのことを想うと、寂しさに胸が張り裂けそうになる。

今後、私が年老いてどんな人生の辛い局面が来た時にも、バンビとクララの笑顔を思い出すだろう。木漏れ日と、自然の音に溢れていたあの山道を来る日も来る日も歩いた日々の記憶。私が、あまりかまってあげられない時でも、2匹で励まし合って生きた姉と弟の友情の記憶。

彼らとの残された時間を毎日毎時間、大切に生きよう。