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ピンチはチャンス

起きている時間の半分を犬の介護に充てている日々が続く。

「普通の家庭なら生活崩壊(家計崩壊)だね」

と笑い合っているが、私も妻もこんな中でも互いの仕事は割とも普通に続けられている。

ただでさえ、都会との接点がネットが繋がるだけしかない不便な田舎(しかもトラブル続きのレベルの低い自称別荘地)で暮らしているのだが、こうした不便な環境に適応して暮らした結果、仕事は少々の環境変化には左右されない体制になっている。良い事だ。

通っている動物病院の尊敬する先生も、医師3人体制だったのが、2名のお医者さんが病気で休んだり辞めたりしてピンチ。
それでも、ブログに「ピンチはチャンス」と書かれていた。私たちなどよりもはるかに重いモノを一人で担いでおられるのだが、こうした局面が来るたびに、「これはチャンスなのだ」と切り替えができたからこそ、今のような日本のみならず世界有数の医師になられているのだろう。

「ピンチはチャンス」は本当で、平凡な日々を送っているよりも、突発的な事態に追われるせわしない日々のなかで、コマ切れ時間を使って仕事のアイデアを練っている時の方が多くのブレークスルーが起こり、仕事の展望がどんどんと開けている感じがしている。

愛犬の症状など不安がある日々の中でも、そうした状況でもそれなりに楽しんで生き生きと暮らそうと気持ちを切り替えると、不思議とこの世界はチャンスに満ちているように見えてくる。(発想のブレークスルーが次々に起きる。)

シンプルに

「シンプル」

昔、正社員として働いたことがある会社が2社あったが、そのうち一社がこんな名前だったっけ。
中小零細企業なのに、アヘン戦争の時代にアジアに進出した英国の某財閥の出資を受けていた過去がある不思議な経歴の会社だった。

今思えば、「複雑に見えるものをシンプルにしてゆく事」こそが、創業者が追い求めた理念だったのだろうな。




相変わらず、愛犬クララの療養生活で不安定な日々だが、シンプルな仕事にのみ取り組んでいるので、割と普通に仕事を続けられている。

「シンプルな仕事を増やしてゆこう」「何事もシンプルに考えて、難しく考えないでおこう」という意識で取り組むと、過去の成功体験などを思い出して、仕事が楽しくてたまらない。

そう、自分の仕事上の第一期黄金期とも言える30代初頭の頃にやっていた仕事はとてもシンプルな仕事だった。
仕事を複雑にして、高度な内容のモノにしてゆくと、労働時間が増えて仕事をやっている感が高まるが、結果という観点から見えると、誰にでもできるようなシンプルな仕事の方が案外結果につながっている。




愛犬の事についてもシンプルに考えている。
愛犬の病気のために出来る事は何でもやるし、現にやっているが、自分の手に負えない事はハリネズミ先生にまかせる。
だから、少しでも不安を感じたらすぐに病院に連れてゆく。

このシンプルな思考でゆこう。

愛犬の病気のような不安要素をかかえつつも、毎日しっかりと暮らしてゆかなければならない。

とくにこうした日々こそ、家の中の掃除などは疎かにしてはならないと思い、毎日1時間は掃除に充てて、チリ一つ無いような部屋を目指して、雑巾や掃除機をかけて、ゴミをまとめて捨てに行っている。

こうしたなにかしらの不安がある日々が当たり前なのだ。
どんなトラブルに遭遇しても、いつ何時も、前に進んでゆけるようにシンプルに、シンプルに・・・。

天職に生き歳を重ねる人々

愛犬のバンビの手術を担当してくれたK先生は、自分が心から尊敬する人物だ。

田舎に移住してきてまもなくこの先生に巡り合ったが、
自宅から片道1時間半~2時間かかる道のりでも、
我が家の大型犬は必ずこの先生に診てもらってきた。

その後5年間ぐらいで日本全国でも屈指の名医として
知られるようになり、最近は予約がすごい状況になっている。

人間の医師も含めた腹腔鏡手術の神の手チャレンジのランキングでも
最上位をキープする、知識・技術共に優れた先生なのだ。

私がこの先生を尊敬する理由は、野球選手のイチローのように、
才能だけでなく、絶え間ない努力によって自分を叩き上げてきた人だからだ。

その技術力にふさわしいのは、VIP客専門の高額な受診料を取る
医師になることなのに、市井の身をおいて、普通の人々の飼い犬を
診てくれるところが何よりもありがたい。

備前の吉永の(人間の)病院にも、80台になっても医院長として
働いておられて、若い医師よりも薬の知識も豊富で頭脳明晰な
名医がおられるが、市井に身を置いて働くことを生きがいにする
人を見るのはとても励みになる。

若いころは、何もしないでブラブラと生きることに憧れもしたが、
今は逆に、狩りをせず檻の中で暮らす猛獣を見ると惨めに思える。

50になっても60になっても、70歳になっても80歳になっても、
生き生きと働き続けて、社会から必要とされる人間であり続ける
ことがどんなに幸福なことか、獣医さんや老名医を見ているとわかるし、
自分もそうなりたいと思う。

人間は後悔する生き物・・・でも安心して良い・・・


人間は、新しい何かを得た喜びよりも、それにより失ったものに執着して、後悔する生き物だという文章を読んだ。何かを得る喜びよりも、失う事の後悔の感情の方が勝ってしまうのだと言う。この世では、何かを得るためには、何かを失う事が必須なため、どんなに恵まれた環境にいるように見える人でも心の中は後悔でいっぱいという人が少なくないだろう。

その文章のキモは、「だから何かを失ったことに後悔していたとしても安心して良い(=後悔しているからと言って、新しい道に進む判断が誤りだという事にはならない)、それが新しい人生を受け入れる際の正常な反応なのだ。大切なのは、今の状態を最善にするために努力する事だ」というところだ。



話しはまったく変わるが・・・

ひさしぶりに興味惹かれる車、新型シビック タイプR。
本心で言うと、S660でも十分なのだが、軽は妻が嫌がる。少々値ははるが、すぐに買うものでもないので新型シビック タイプRに心惹かれながら日々を過ごしている。

1年~5年ぐらいのスパンをかけて、30代~40代前半にため込んだ色々なものを整理して、生活をリセットしたいと思っている。そして心惹かれるもののみを残す。

車と言うのは、もっともシンプルにストレス解消し気分を高揚させてくれるツールなので、何か一つに絞るなら楽しめ愛せる車を1台持ちたい。だが、昔のように何十年前のヴィンテージカーを修理しながら乗るのは負荷が大きすぎる。新車で購入でき、日本車で、シンプルに維持できる非日常的な車。この要素を満たしてくれる車が今のところ、シビック タイプRだ。

仕事場とガレージが一体になった空間を実現できればなお良いが、そう考えるといろんなものを背負いこむことになるのでシンプルでなくなるだろう。なにかを背負い込めば何かを失う。何かを失えば後悔する。

できるだけ失うものが少なくてシンプルに所有し楽しめる形態を考えよう。田舎なので、置き場所に費用はほとんどかからない。





海外ドラマを見ながら仕事するのが楽しい。今、仕事に順調に集中できているのでこの状態を今後何年間も保っていこう。一度リズムが崩れると立て直すのに何か月もかかる。モノも順調に処分して徐々にではあるが身軽な状態になっている。

最終的に数年後に、この山荘を買った当時のように素の状態に戻せればよい。たとえすぐに他へ移らなくても、いつでも移動できる状態にしておくことが精神を健康な状態に保つことに繋がる。

播磨自然高原

人生の長期計画は立てるな ~ 明日のランチの心配をしろ

4回ぐらい読み返しているビジネス書がある。

ユダヤ系トルコ人の実業者の99歳のお爺ちゃんが孫に語った、成功する人生の習慣・心がけのようなものが書かれた本。

そこに書かれている事の半分は、嫁が常々私に言って聞かせてきたことでもある。嫁は経営者の家に生まれて、若い頃は自分でも会社を経営したり、結婚直前は某企業で男も含めた全国の営業部隊の中で記録的な好成績を叩き出す営業マンだったりしたので、いわゆる実業家脳が身についている。

嫁は、人生計画は短期思考で、今日楽しい事、明日楽しいことを考えていつも明るく生きている。一方、犬たちはというと、今楽しい事のみを考えて生きている。老化して、足腰が弱ってきても、とにかく散歩の時は無我夢中で楽しむ。

前述のビジネス書でもユダヤ系トルコ人のお爺ちゃんも語っているのが、人生の長期計画は立てるなということ。遠い将来まで考えれば、迷ったり不安になったりするし、何よりも今現在を基準に考えるので創造的ではなくなる。たとえば工場労働者が一生その工場で働くことを考えて生活すれば、そこからの飛躍は無い。またそうした思考で生活していると、ケチ臭くなったり、人間そのものも薄っぺらく貧相になるのではないか?

人生には、良いミラクルがたくさん起こるし、悪い事(授業料を払わされること)もたくさん起きる。将来のイメージを固定化してはいけないのだ。それは人のやる気を失せさせ、人生を悲観的にさせ不幸にもする。

100%仕事に打ち込んでいる前提だが、人生計画はせいぜい1か月ぐらい先までで良いと老人は言う。一方で、ビジネスの計画は長期的に考えても良い、と言う。

この本にはこの他にもためになることが多いので、その思考が身についていくまで読み返そう。