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「極」に生きた人 ジャック・ロンドン

ジャック・ロンドンという作家は小学校~中学校にかけて最も好きだった作家のひとりである。




ゴールドラッシュに群がった不良アメリカ人と盗まれてきた犬たち。彼らは金を求めて犬橇でユーコンの山奥を目指すが、それをオオカミの群れが取り囲む。主人公である犬が、人間の中で唯一尊敬したのが、インディアンの血を引く男。その男はどんな時もへこたれない。そして犬に対して優しく接する温かさがある。

このインディアンの男が、主人公と共に焚火の炎で毛を焦がしながらも、必死でオオカミと戦う描写がなんとも感動的だった。




のちに大阪中之島公会堂の図書館で本を読みふけっていた20代の頃、ジャック・ロンドンの「ジョンバリコーン」という自伝小説に出会い、ジャック・ロンドンがジョゼフコンラッドと同じく、船乗りから作家へと転じた人だと知った。私は、コンラッドやロンドンのように大衆の中から実力で這い上がってくる人が好きだ。

小説「ジョンバリコーン」には、ロンドンが苦学しながら大学に通う描写が出てくる。重労働の洗濯屋などをかけもちしながら、超人的な努力で知識を習得する。




現代のアフリカの悲劇にもつながるベルギーによる非人道的な植民地政策を小説で告発したジョゼフ・コンラッド同様に、ジャック・ロンドンもジャーナリスト的な要素の強い人で、英国のスラムで暮らしてルポルタージュを書いたり日露戦争を取材したりもしている。




ジャック・ロンドンは政治活動に熱心で、アメリカ共産党とも関わりがあった。この時代の空気がわかる作品としてウォーレン・ビーティーが監督した映画「レッズ」があるが、まさにああゆう人脈の中で生きていた人なのだ。

だが、ジャック・ロンドンはありがちな左寄りの文化人ではなかった。それは作品を読めばわかるが、政治的には左寄りでもロンドンは、ニーチェの超人思想のようなファシズム的な考えに内心は共鳴しており、性格的には独裁者であったと思う。

それは彼の作品、「野生の呼び声」にもっとも端的に表れている。これはハイブリッドウルフが超"犬"に進化する物語である。

自らの努力で社会のどん底から這い上がったロンドンは"個"の力の信奉者であったのだ。こうした考えは、ガブリエレ・ダンヌンツィオなど当時の文化人のもう一つの流れであった。




超人的な努力によって、地の底から名声と富を独占する作家へと這い上がったジャック・ロンドン。
小説「ジョンバリコーン」や「海の狼」は、そうした超人的な人格が道半ばで崩壊してゆく様をも描いている。

「極にあるもの」は自然界のなかで一時は隆盛を極めても、やがて堕落し崩壊して行く運命にあるのだ。それはちょうど日本刀を日常の道具として使うと、すぐに錆びて腐ってボロボロになってしまうのと似ている。

梶原一騎は、ジャック・ロンドン=児童文学というイメージがあった昭和において、漫画にジャック・ロンドンの言葉を引用している。その言葉は「凶器の美しさ」を賛美する文章である。

梶原一騎はジャック・ロンドンの中に自分と同じものを見たのだろう。




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魔都ロンドンの思い出

小さな子供の頃、スティーヴンソンの「宝島」を母親に読んでもらうのが好きだった。
登場人物の中で好きなのは片足がなくて肩にオウムを乗せているシルバー船長。

小学校の頃になると、「海賊の島」というイギリスの児童文学を読んで、テイムズ川の沿いの水路の中にある小さな島に海賊の宝が眠っているいう話に想像力を膨らませた。

またシャーロックホームズが好きで、ホームズの小説に漂う19世紀末のロンドンの阿片窟や貧民窟、スラムの雰囲気が大好きだった。まさに魔都と呼ばれた時代のロンドンの雰囲気である。切り裂きジャックが闊歩した時代。

やがて小学校5年生の時に偶然、夏の午後に異様にリアルな雰囲気のジャングルを舞台にした戦争映画に圧倒され、中学1年生になってからはじめてあの映画がコッポラの「地獄の黙示録」であることを知った。

そしてその原作本である、ジョゼフ・コンラッドの船乗りマーロウを主人公にした「青春」と「闇の奥」を好んで読んだ。

夢見がちな中高生だった自分は進学校に通いながら、他の同級生とは違って、コンラッドの小説の主人公やヘミングウェイのような世界の深淵をのぞくような冒険をしてやるんだとずっと思っていた。その気持ちは今も変わらない。




ところで、20歳の時にイギリス旅行に行ったが、貧乏旅行であったためロンドンの最安の宿を予約した。ビクトリア駅の近くだったと思う。

駅は暗い雰囲気で通りを歩く人は有色人種ばかりでNYのハーレムのような雰囲気だった。

みすぼらしい安宿につき部屋に入り鍵を閉めてほっと一息ついた時に、窓を開けるとちょうど小さな通りを隔てて向かいの部屋の窓の下に「かつてここにジョゼフ・コンラッドが暮らした」との銘があった。コンラッド自身、イギリスにおいては外国人の船乗りであり、今よりもさらに治安が悪かったであろうビクトリア駅の周辺に暮らして、遠いアフリカやアジアに想いをはせて小説を書いたのだろう。

その小さな偶然に、不思議な気分になったのを思い出す。

幽霊は脳の誤作動か?それとも半実態化したものなのか?

数日前、妻と赤穂までドライブした。帰りの車中で幽霊話になった。

おそらく妻は、霊媒師のような能力がある血を引いている。だが、空想の中に生きるタイプではなく、普通の人以上に現実主義者である。そんな彼女は今までたくさんの霊体験をしてきており、その話を聞くと、実話怪談などでも読めないような、とても不思議な話が多い。

「実話怪談」などは、怖さに特化しているので低級な霊が多いのだが、妻の話にはもっと上級な霊が登場する。

地縁ともつながりがあったり、彼女が見る夢の中に出て来る神社などとも関連している。夢の中の神社は実在している事が多い。そして、時間と場所を隔てて、現実とリンクしている話があり、それを聞くと脳の誤作動や、記憶を後から作っているような理由付けができない。

だが、わたしはそうした幽霊話をここに書きたいとは思わない。「プライベートな事柄」で世間に公表されたくないと幽霊は思っているフシがある。なので、「実話怪談」作家などはその「プライベートな事柄」を本にしようとしてよく祟られる。

わたしも思い返せば、彼女と暮らしていて霊体験のようなものを経験した事が何度かある。私が霊を見るのではなく、動物が霊を見ているとしか思えないような行動をとる機会が過去に何度かあった。




「静かなる男」のテーマ曲

ゾンビ映画の発明者として有名なジョージロメロの訃報に関連して、
彼が「静かなる男」のテーマ曲を聴きながら逝ったというので、
「静かなる男」のテーマ曲はどんな曲だったか検索して、
あまりにも美しい音楽だったことに驚いた。

その曲が醸し出すノスタルジーは、「長い灰色の線 」で描かれた
士官学校(生徒は白人の良家の子弟のみ)や、「捜索者」で
暖炉を囲む開拓者の一家のような、遠い時代に存在し今は
なくなった血族や民族・階級が形作った共同体へのほのかな憧れを漂わせている。

ジョン・フォードの「怒りの葡萄」の説教師ジム・ケイシーの
粗削りな素朴さと純粋さ。彼は、そういった共同体の最後の守り手として
仲間たちのために殉じる。ジョン・フォードの映画には、こうした
魅力的な人物がたくさん出てくる。

死んだ祖父がジョンウェインが大好きだった影響もある。

映画「残穢」で あらためてお掃除の大切さを実感

ド田舎すぎてTVが映らないので、WOWOWに入って時々映画を見ている。

映画「残穢」だが、ひさびさの傑作だ。

「呪怨」や「リング」といったジャパニーズホラーの独特の世界をより冷静な目で謎解きした作品とも言え、新しい分野の推理小説と言っても良いかもしれない。

ホラーは時として、ある民族や国家の底流に流れる深層心理を抉り出す。
たとえば古代日本において遷都がなぜ行われたのか?その理由は「穢れ」である。

小説あるいは映画版「残穢」の中でいくつかの恐ろしい表現の言葉が登場する。
『欄間から仏間を覗くと地獄が見える』この言葉がなんとも言えず恐ろしかった。

その地獄とは、たんに家庭内あるいは個人の人生に生じた地獄から、災害や事故、戦争などが生み出す地獄まで様々である。
「穢れ」が忌み嫌われる究極的な理由は、「穢れ」が過去に地上において生じた地獄と繋がっているからではないだろうか?
日本人は「穢れ」を通じて、地獄をかいま見る能力が秀でているのである。

大坂の陣の後の大阪城は、江戸時代250年間、(何度火事で焼失して建て替えられても)化け物屋敷であり続けたという。
大坂の陣の後、あるいは第二次大戦後、日本人があれほど平和を希求したのも、「穢れ」の意識と無縁ではないはずだ。

日常生活的な感覚でいうと、「穢れ」とは、過去の因縁と鎖で繋がれている状態であるように思う。
日常的な例でその「過去の因縁と鎖で繋がれている状態」を説明すると、それはモノ(ゴミ)を捨てられない状態であると言える。
あるいは、住む場所に執着することも「過去の因縁と鎖で繋がれている状態」であることが言えるだろう。

うちの両親は、都会の駅前の賃貸マンションで悠々自適な老後生活を送っているが、それまで長い間住んでいた戸建てと違い実に快適だという。単に新しくて清潔というだけではなく、それまでのご近所付き合いなどから全て解放されて、(自分の所有物でないので)家の修理の心配も庭木の心配もせずに暮らせるのが何よりも自由で気持ちがいいのだろう。

私はまだ当分は今の家に住むだろうし、引っ越ししてもおそらくこの家は手放さないのではないかと思う。
そういう意味では、住み慣れた家を手放さなくてもいい安心感と同時に、土地の因縁を背負って生きることになるわけである。

これからもいろいろ問題が起こるであろうこの土地に住み続けるにあたって、少なくとも気持ちだけは過去の因縁を祓って楽しく明るく暮らすにはどうすればいいか?

それにはまず掃除(&モノを処分すること)だなといつも思っている。
今年前半だけでもかなりたくさんのモノを処分できた。