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苦手な事をしない


3、4、5、6月の取り組みで 成果が1.5倍
7月~8月で 3月基準で2倍を達成できる可能性が出てきた。




副業が膨らみ過ぎた結果、会社を辞めた31歳の春。今の気分と似ている・・・。
それから漫画喫茶に籠って仕事をして、月に1回は華僑の友人とラーメンを食って戦略を練っていた。
あの年は夏までにすごく伸びた。そして年末にかけてさらに何倍にも・・・。

あの時と今の違いは、今の自分は苦手な事をたくさんしなければならない事だ。
苦手な事はするべきではない。

チャンスはと言えば、今の方が「これをすれば結果はこうなる」という確たる成果につながるアイデアが明確に見える。

実行するとアイデア通りの成果になるので、まるで自分が特殊能力者Xメンになったようなハイな気分だ。

得意な事は伸びしろがハンパない!
だからこそ苦手な事をして自分で自分の足を引っ張るな!





①レストア遊びをしようと思っていたがヤメ。
 ↑別荘地で外に出る時間が長くなると不快な気分になる。
  これからの人生、不快な経験は最小限にする。
  ガラが悪いトンデモ高原との接点は最小限に!

②得意な仕事に徹底注力。成長性があるかぎりどこまでも伸ばす。

③その他の苦手な行動・習慣も生活から排除して生活全体をより効率化。

そのために最も重要な事は・・・

アホを相手にしない事。


千鳥の漫才風に言うと・・・

「アホを相手にして人生を浪費したいのか?それとも仕事に集中して30代前半の黄金時代をもう一度経験するのか?」

「時間を無駄にすなっ!」

アホを相手にするのが自分が一番苦手な事。
アホからは全力で逃げろ!

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沈みゆくタイタニック号の中で・・・

最近、仕事をしながら某不動産コンサルタントの動画を聴いているが・・・

人口動態から言って、人口減少日本の不動産は3極化するそうだ。

①価値を維持する・もしくは上昇する 15%
②徐々に下落する 70%
③廃墟になる無価値化する 15%

この数値じたいに違和感はまったくなく・・・むしろ徐々に下落する不動産が70%もあるのか、廃墟化はたった15%なのかと思ってしまう。




こうした状況は、日本という国の今後の、ほとんどすべての分野についても言えるだろう。
たとえば仕事にしても会社にしても地域社会にしても、85%が多かれ少なかれ沈んでゆき、15%だけが救命ボートに乗れる。

平均的な目線で世間を見ると見誤る  に書いたが、こうした総崩れ状態の社会においては、平均的なものの見方、庶民と言う視点で生きる事は役に立たない。

人よりも目ざとく怜悧に生きないと沈んでしまうのだ。



武田邦彦氏は、こうした社会を生き抜く方法として、老後という概念を捨てるべきだと言う。

昭和の日本人のモデルケース:50歳まで働き、10年遊んで、最後の5年で死ぬ準備をして70歳ぐらいで亡くなる。

こうした昭和の古いモデルケースに対して武田邦彦氏は以下のような生き方を説く。

現代日本人のモデルケース:50歳で子育てやローン等を終え、残り50歳 → 100歳までが老後。
※人生の半分が老後など本来ならありえない。



50歳→60歳:蓄える期間。体力を蓄え、お金を蓄え、恩を蓄える。
60歳→90歳:一日5時間程度は労働にあて経済的に自立した生活をする
90歳→100歳:国の福祉に頼る期間




武田邦彦氏は、このように考えて生きる『べき』と言うが・・・むしろ、このような考えを持っていないと生きてゆけなくなる社会になってくると思った方が良いのではないか。


『住宅コスト』の元を取る方法

「元が取れる暮らし方」に対するニーズのつづき

資産価値に対するリテラシーのあるコミュニティとそうでないコミュニティ

アベノミクス以降、世の中は『住』についても"資産価値"に重点をおく人は増えている。"資産価値"に重点を置くとはすなわち、最初に投下した資金の元を取ると言う事に他ならない。

マトモなマンションなどは住民が相互に資産価値を高める事を共通の価値観にしているし、賢明なオーナーによって再生された別荘地なども「資産価値の向上」を目標に管理運営を行っている。こうした場所は、10年20年暮らしても快適だし、資産価値も落ちないので実質的に家賃ゼロで住める。

一方で、私が住む別荘地のような場所や、自暴自棄的な事がまかりとおる民度の低いコミュニティにおいては『資産価値』などという概念が存在せず、荒らし放題・荒れ放題の資産価値マイナスのハチャメチャな場所になる事が運命づけられている。

大都市近郊の千里ニュータウンにある実家に帰るたびに思うが、ここ10年ほどで急速に格差が開いているなと感じる。千里ニュータウンのような綺麗な場所はますます綺麗になる。



賢明な人はタダで住み、そうでない人はコストを払う

 少子高齢化で、日本全国の不動産価値が平均的に上昇することがほぼ絶望的になった状況下で、20年30年後も不動産価値を保てる物件などごくわずかである。だが、確実にそうした物件は存在する。そうした物件は、資産価値に対するリテラシーの高い人々に探索され購入されるだろう。

 結果的に元が取れて『住』にコストを払わなくても良い人と、様々な形でコストを払わされる人々の差は大きい。

 たとえば、4000万円の価値が落ちない不動産を所有していれば、その不動産に住みながら老後資金として銀行から4000万を借りて死ぬまで返さなくてもいいと言う事が可能(リバースモーゲージ)だが、こうした形の世渡り術は欧米の中流層では一般的だが、日本でも増えてきている。今後、政府の新政策下でさらに盛んになってゆくだろう。

 賢い人々はますます賢く生き、そうでない人々は死ぬまで『住』にコストを払い続け苦労し続ける世の中なのだ。



『住宅コスト』の元を取れない人に出来る事は何か?

 不幸にも別荘地に物件を買った事が資産面では多かれ少なかれ悪影響を及ぼす事が明白になった時、最初はそのことに憤慨したが、「ではどうすれば状況をマシなものにできるのか?」を考えすぐさま実行した。

 そして、治安対策と妻のショップの運営を考えて外構工事をしたし、以前よりも夫婦で協力するようになった。より大きいことは本業以外にミニビジネスを生み出す事を楽しみにし、日課にするようにもなった事だ。これにより収入源が多様化した。

 稼ぐという姿勢を以前よりも明確に持って生活する限り、住宅コストなどさして大きなコストではない。そして、結果的に「この山荘を購入して少しの苦労は経験したけど元を取った」と今は自信を持って言えるようになった。

 以前と変わらず山荘で自由気ままに暮らしているだけだが、頭の片隅に『どんな形であれ元を取ってやろう』と思い続け実行し続ける事が出来れば、結果が大きく異なってくる。



『住宅コスト』の元を取ることが出来ない人の第三の道

結論:不幸にも『住宅コスト』の元を取る事ができなかった人にも第三の道がある。

・自分の状況をより良くするために何ができるか考え実行する
・失敗をその後の人生に教訓として生かして、二度と腐食性の高い『腐れ負動産』に手を出さない事を肝に銘じる

この事が実行出来れば、住宅コストなどさしたるコストではない。
賃貸などでも「稼ぐ」という目線で場所を考えて借りれば、その場所に住むことによる副収入が発生し、家賃は実質タダになる。

元を取るには、「元を取ってやろう」という意識を持つ事が何よりも重要である。

仕事以外に夢中になれるものを常に持っておく

最高のスピード感とゲーム感覚を味合わせてくれるのは日々取り組んでいる仕事だが、一方で「仕事以外に夢中になれるものを持っておくことは重要だ。」と最近思う。

頭の中が楽しさで常に満たされていたら、日常生活で少々不快な事に出くわしても無視することが出来る。精神衛生的にも、そのことを考えただけでワクワクできるようなものをコストを払ってでもいいから10項目程度は確保しておこう。

楽しさというのは待っていてもやってこないからこちから積極的に見出してゆかなければならない。趣味と実益を兼ねた方法の一つは、一つの趣味に対して一つのブログを立ち上げてそれを更新してゆくこと。

楽しいものを積極的に見つける事でそれが仕事にもフィードバックされてくる。その分野に精通すれば最初にコストを払ったとしても元を取るのは容易だ。楽しんで、仕事の幅も広げて一石二鳥だ。

すでにいくつかのプロジェクトに取り組んでいる。最近は、それが楽しくて仕方がない。




ENTER WAKE キッチンが再開されたのでさっそく今日から通い始めている。週2回は行きたい。

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「元が取れる暮らし方」に対するニーズ

「元が取れる暮らし方」に対するニーズが今後さらに高まってゆくだろう。



人々は、単に浪費する人々を見ても羨ましいと思わない。とくに日本人はそうだろう。

だが、人生を積極的に楽しんで、人々が憧れる事をしているのに、そのコストをちゃんと回収している人がいたら、「どうしてそんなことができるの?じぶんもやりたい」と思うだろう。



人生は限りあるのだからその時々を楽しまなくてはいけない。

だが楽しむにはコストがかかる。
世界は不安定かつ人々は長寿命になっているため、保険として蓄えておくことが重要であり、楽しみのために安易に蓄えを捨ててならない。

ここで2つの方法を人々は考える。

①単に限界までケチケチする。お金のかかる楽しみを捨てる。文化的な生活を放棄する場合も。
②コストを積極的に払って人生を楽しむが、最終的にそのコストが回収可能な方法を取る。


①は庶民的な発想であると言える。コストは最小限になるが、生活の質に比例してコストはかかり続ける。一方で、②はやや高度だが、楽しんでなおかつコストも回収できると言う賢い生き方である。元来、勝ち組と呼ばれる人々がひそかに実行してきた方法であるが、昨今は中流の人々の間でも積極的に行われ始めている。



昨今、ライフハック系ブログと言われるものは、この①と②どちらかの情報を発信している。

 ①は、月額数万円の生活費を削ると言うミクロの世界の格闘になる。そして、その削る数万円が人生にとって重要な重要な数万円であるために、その出費を削る事で文化的な生活を捨て去る事の喪失感は大きい。その喪失感を埋めるために、宗教面・哲学面で人格を補強したりする。

 ※仏教のような宗教は、元をたどればカースト制度のような階級社会で、最下層の人々・持たざる民の不満を「何もないことが幸福」と納得させるための権力者の方便(嘘)を体系化したものであるから、数万円をケチることを哲学面・宗教面の教えで補強する手段は有効なのである。

 一方で、②は、欲しいモノを手に入れ人生を楽しみ、なおかつコストも回収する方法を模索する。宗教や哲学ではなく、快楽主義の発想なのである。
 

 こんな時代は①のような低空飛行の生き方しか無いのだと思いがちである。だが、①のような生き方は、自分自身が社会の経済活動と切り離されるがゆえに、収入の手段を得るための感性も衰えるというリスクをはらんでいる。ケチる分、世情に疎い世捨て人になり、人もお金も寄り付かなくなるのだ。

 一方で、②のような生き方を模索することこそが、最高のサバイバル術であるともいえる。なぜなら社会の中層~上層(お金を持つ層)は、つねに②のような人生の渡り方を考えているからだ。つまり、こうした生き方に対するニーズが高く、そのノウハウ・情報は価値を生む。

 これからの時代は、いかに積極的に人生を楽しんでなおかつそのコストも回収でき初期投資以上の見返りを得るか?その方法・情報に精通した人間が重宝される時代となると断言できる。

 それこそが、道端の石ころをゴールドに換える「現代の錬金術」なのだ。