極寒の世界


他に客がおらず貸し切り状態に使えるというので、犬たちと、
瀬戸内海に面した牛窓のドッグラン付きのペンションに一泊してきた。

帰ってくると、リビングは冷え切っており、灯油も切らしていて、
家が温まるまでの時間寒い思いをした。

あまりに寒いと薪作りに床下に降りる気が失せてしまう。

昨夜は早めに寝て、今朝は早めに起きて庭で犬たちと雪遊びをした。

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凍てついた庭を見ていると、ワーグナーが聞きたくなって、
パソコンで仕事しながら、タンホイザーの巡礼者の合唱などを聞いている。
そういえば、好きだったワーグナーもずいぶん長い間聞いていなかったな。

ワーグナーを聞くと、原始的な闘争心を呼び覚まされ、
意志の力の偉大さと、人間の創造力の無限を感じる。

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ヴァルプルギスの夜に

凍てついたシベリアの樹海での野営。焚火の赤い炎が雪が張り付いた周囲の木々を奇怪に照らしている。まるで魔女の集会のようである。アルセーニエフはその光景を見て、ヴァルプルギスの夜のようだと思う。その時、森の中から獣の足音が聞こえる。熊か?森の中から現れた影が焚火の場所に来る。その影の正体はデルスという名のシベリアの原生林に生きる猟師だった。

黒澤明の映画「デルス・ウザーラ」の冒頭のシーンだ。

さきほど、犬のトイレをさせに外に出てみたところ、門柱灯に照らされた静寂の世界がヴァルプルギスの夜の様相を呈していた。

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この雪に閉ざされた美しい自然の中で犬たちと暮らしている今日という日を記憶に留めよう。
いつの日か、かけがえのない思い出となるだろう。

依然として正月モード


今年は毎日夜には薪ストーブを焚いている。
ドブレ700SL、設置10年超えて、ようやく日常使用。

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夜だけなので、基本的に間伐して貯めておいたものを焚いているだけ。それでもとても暖かくなる。

とく我が家の場合、別荘仕様のため30帖弱のグレートルームの吹き抜けが6メートルはある。この広大な空間をまんべんなく温めるには灯油ストーブでも役不足で、薪ストーブが大活躍。夜温めておけば、昼間は、南に面した窓からの陽光でなんとかやり過ごせる。薪ストーブを焚く前はあまりに寒い年はグレートルームにテントを張って生活していたこともある。

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そして、最近よくやってるのが、ダッチオーブンでの焼き芋(さつまいも、サトイモ)。
愛犬の手作り食のために鹿児島の農家から大量のサツマイモを送ってもらっているが、サトイモをおまけでつけてくれるので、ためしに焼き芋にしてみたらこれがまた美味しい。

ただ、薪を作り貯めとかしていないので、毎日15分は床下に転がしてある間伐材から薪を作る作業をしている。

あいかわらずの愛犬との日々。

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トイプードルのつっくんは毎日、朝夕のお庭での爆走を楽しみにしている。

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ワイマラナー2頭は、昼間は、南側の庭で、私が薪を作っている横で日向ぼっこする。

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地所の大半は、野生動物のために自然のままに保ちたいが、いまドッグランとして囲っている空間は、果樹園 兼 庭園として将来発展させていきたいと思っている。斜面だが、比較的緩やかなので、その気になれば、いくつかの段にわけて整地することができる。思索にふけりながら散歩するのに丁度いい庭園にすることができる空間。朽ちた古代ローマの庭園風の物憂げな場所にしたい。

住む世界と夢見る世界

昨夜、2年ぶりに実家に帰った。
猟場だった千里丘陵を切り開いたニュータウンは、
自分にとって幻想を育んだ場所で、公園の一つ一つに
並木道の一つ一つに魔法が宿っている気がする。

そうだ、この場所ほど魔法を感じる場所はない。
子供時代を過ごしたこの場所はたしかに楽園であった。
だが、その楽園は、公営団地のマンション化によって
さらにいたるところ侵略されていた。あとは、空き地の
徹底的な有料駐車場化。

かつてあった、高度成長期が未来に向かって投げた
幸福な夢の中にまどろんでいるようなけだるさはなくなり・・・・

竣工したばかりの煌びやかな城のようなマンションが
次々に尖塔を天に向かって突き立てている。この侵略は
劣化ではなく、新たなサイバーで幻想的な天空都市の出現である。

楽園は時を経ても楽園であった。そのことにパワーを
与えられた。自分にとってこの場所はパワースポットで
あり想像力の源泉なのだ。

実家周辺があまりに煌びやかに変わっていたので、自分が一人
暮らしして野心をはぐくんだ場所にも行ってみたくなった、
江坂・中津へと新御堂筋線を車で走る。風景が10年前から
まったく変わっていない。逆に不思議な感じがした。

西中島南方・・・ゴクリと唾を飲み込んだ。
変わっていない。空気感もあの時のままで、歩いている人々も
あの時のままである。そこから自分が暮らしていたワンルームの
あった上新庄へと車を走らせる。まったく変わっていない。
10年前どころか15年前の物寂しそうな空気の中にも殺気
立ったものを感じる大阪の下町独特の雰囲気変わっていなかった。

ひさしぶりにストリートの空気にふれて昔のギラギラした自分を
少し呼び覚ますことができた。時々はこういった場所でもっと
ゆっくりと時間を過ごすべきだな。その時間を作っただけのかいはあった。

庭造りが、自分の想像の中にある楽園を展開することであるとしたら、
その想像力の源泉は間違いなく実家周辺で過ごした子供時代の
幻想が元になっている。あるいはヴィスコンティの映画に描かれた
城や町・・・。それらの楽園はリアルに今も存在している。

周りがどんなに荒れ果てようとも、自分の中に楽園を想像できる
かぎり、自分が今住んでいる敷地内にもその魔法に基づいた場所を
確立することができる。

妖精たちが絨毯に閉じ込めた理想郷を好きな場所に開封できるように・・・

「想像されたものはけして失われることがない」
「住む世界と夢見る世界が一体となる」
(クライブ・バーガー「ヴィーヴワールド」より引用)

夜の明石海峡大橋

嫁の誕生日と忘年会をかねて、毎年
この時期に2時間かけて明石の木曽路に
行ってしゃぶしゃぶを食べる。

明石は今の場所に来る前に住んでいた町で、
大好きな場所だ。そして、10年前からあまり
変わっていない。

夜の明石の湾岸は広々していて明石海峡大橋が
眼前に見えて素晴らしい。

だがその憧れは夜の姿に対してであり、
大型犬を飼っている自分にとって昼間の喧騒
と人込みはやはり耐え難いものであろう。

静寂と幻想は、あくまで都市部の夜の顔なのである。

けれど、あと5年ぐらいしたら、月うちの最低5日
ぐらいは明石や神戸で過ごしたいと思っている。
歳を経るにつれて刺激の多い都会にいる時間
が増えて、田舎と都会の両方を楽しむ生活に
なってゆくだろうと思う。

昔、ロータスエスプリで明石と神戸の間の
湾岸を走る2号線を毎週ドライブしていた頃の
ような生活をまた自分の生活に取り入れたい。
車はロータスセブンに変わってしまったけれど
ひなびた播州にはこの車の方が似合ってるかも。

そのような未来を思い描くのも楽しいものだ。

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庭に新たにやって来た住民たち スコップを持つテディーベア

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そして・・・

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ハリネズミ トイプーのつっくんのお気に入りである。

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カップに3本植えたうちの一本の苗 マルコポーロ

白で統一する予定だったが、ヒッチコックの映画に出てくる美女のようなイメージの黄色のバラに心ひかれた。
まどろむような陽光の下で、黄色いバラが咲き乱れる庭園というイメージ。
なにか夢想的で魅惑的な感じがする。

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